元UWF戦士で「C.A.C.C.スネークピットジャパン」代表の宮戸優光氏が、ユーチューブチャンネル「KAKUSIN―格闘技の神様―」に出演。〝燃える闘魂〟こと故アントニオ猪木さん(享年79)が最期に放った〝魔法の言葉〟を明かした。
猪木さんのライバルだった故ビル・ロビンソンを師に持つ宮戸氏は、2008年に旧IGF(イノキ・ゲノム・フェデレーション)の現場監督となり、猪木さんと深く関わるようになった。12年に退任したものの、その後も猪木さんと親交が続いた。
猪木さんは闘病の末に、22年10月1日に死去。宮戸氏はその前から週1回対面しており、宮戸氏の夫人が猪木さんの介護を手伝っていたという。宮戸氏は「自分の妻という意味では知らない仲ではなかったけれど、61(歳)になる僕と2つ違いの女性に向かって、(猪木さんが)『君は将来、何をやりたいんだ』と。明日にも…という体調の中で、自分が介護を受ける側でも。10、20、30代の女性ならまだしも、60歳になろうという女性にですよ」と打ち明けた。
燃える闘魂の〝魔法の言葉〟によって、宮戸夫人の人生は大きく変わった。宮戸氏は「会長(猪木さん)が亡くなられた後、彼女は昔あきらめかけた、捨てかけた夢に取り組みだしている。そういった力を与える、誰にも分け隔てなく伝える、何気ないひと言で(他人の)人生を変える。僕はこのことが、猪木会長の一番の非常識だと思うんです。常識では考えられない」と力説した。
宮戸氏自身も「僕も45の頃、『お前、難しい顔してんな』と言われた」ため、その意味がわからず悩むことになった。1年後、猪木さんから「俺はどんな人でも、会った人は幸せにしたいと思っている。人間誰しも苦しいこと、嫌なことはいっぱいあるんだ。だけど、男が外へ出てそんな顔して歩いちゃいけないんだぞ。俺はどんな難しい顔したヤツも笑顔にさせてきたんだ」と〝謎とき〟があったという。「学校卒業した後は怒られることがなくなる中で言ってくれた。よくぞ言ってくださいましたと。言われなかったらより一層その後の人生、ちょっと苦労したと思う」としみじみと語った。
その上で「肉体では世界一かという人が、(闘病中は)もう立ってるのもやっとになった。それでもお見舞いに来た人が『猪木会長、元気もらいました、ありがとうございました』と言って帰っていく。会長も『何だあいつ、俺を見舞いにきたんじゃないか』と苦笑いしていた」とのエピソードも笑顔で披露。燃える闘魂は死しても、関わった人の人生に大きな影響を与えていることは間違いない。












