【プロレス蔵出し写真館】「不適切な表現および喫煙シーンが含まれます」「あくまで個人的見解」
そう断りのテロップが入り、令和の時代ではNGのワードが連呼されることもある。そんな話題のドラマ「不適切にもほどがある!」(TBS系)が3月29日に最終回を終えた。
1986年(昭和61年)と2024年(令和6年)をタイムスリップするドラマの主人公。改めてコンプライアンスの定義の違いが浮き彫りになり、考えさせられる。
ところで、東スポの写真データベースをプロレスと喫煙シーンで検索すると、リングサイドで葉巻をくゆらす〝神様〟カール・ゴッチの姿がヒットした。新日本プロレス「’84IWGP」のウィットネスとして来日した84年(昭和59年)5月11日、福岡スポーツセンターの開幕戦でのひとコマ。隣はカナダ・カルガリーのプロモーター、スチュ・ハート。
今でありえない会場内での喫煙だ。
また、かつては葉巻をくわえてリングインするレスラーがいたり、ときには葉巻が凶器として使用されたことも。
最初に凶器として使ったのはアブドーラ・ザ・ブッチャーというのが定説。
72年(昭和47年)3月31日、後楽園ホールで開幕した日本プロレスの「第14回ワールド・リーグ戦」公式戦でジャイアント馬場と対戦。場外でカナディアン・ランバージャック(ジョー・ルダック)から葉巻を受け取り、エプロンの馬場の左目に押し付けた。
左目を押さえ苦悶する馬場にエルボードロップを見舞いピンフォール勝ちを収めた。
オールドファンには葉巻攻撃といえば、新日プロにマネジャーとして来日した〝チェーン・デスマッチの鬼〟グレート・マレンコが周知される。
78年(昭和53年)3月3日、マレンコは群馬・高崎大会で行われたシリーズ開幕戦で葉巻をくわえマスクド・スーパースターのセコンドに就いた。試合終盤、スーパースターはマレンコから手渡された葉巻を猪木の左目に押し付けた。すぐさま反則裁定が下ったが、猪木は左目を押さえリングを転げ回った。
追い打ちかけるように1週間後の10日、福島・郡山大会では、今度はマレンコが眼帯姿の猪木に口にくわえたままの葉巻を押し当てた。
マレンコは、翌79年1月にはボブ・ループのマネジャーとして来日。ループはシリーズ早々の12日に川崎市体育館で猪木のNWFヘビー級王座に挑戦して惜敗していた。その後も続くシリーズはマレンコが奮闘、盛り上げたと言ってもいい。
マレンコは、旧UWFや全日プロなどに参戦したジョー&ディーンのマレンコ兄弟の父。セメントの強さには定評があり、フロリダ州タンパで道場も開設。FMW参戦前のターザン後藤が修行していたことがある。
さて、平成初期以降、後楽園ホールでも火は厳禁となり〝火炎攻撃〟も禁止。
「不適切」な昭和の時代は凶器アイテムも多種多様。
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