4日の日大アメフト部問題に関する大学当局の会見に出席した、益子俊志スポーツ科学部長は早大ラグビー部の元監督で学生時代は主将を務めている。SNSには「びっくりした」などと反響が寄せられた。

 益子氏は、違法薬物問題を受けてアメフト部の廃部方針を固めた競技スポーツ運営委員会のメンバー。会見はテレビ中継され、益子氏の姿に「あの早稲田の益子?」「早大ラグビー部の?」などと見覚えある人の声がSNSで上がり、「ちょっとびっくり」「スゲーびっくり」「懐かしい名前だな」といった反応も投稿された。

 1982年にナンバー8で主将として早大を関東大学対抗戦制覇に導いた益子氏。ラグビー人気が沸騰していた時代で、対抗戦の早明対決は旧国立競技場に約6万7000人が詰めかけた。大学選手権は準決勝で敗退。卒業後は93年、2000年に監督を務めたが、対抗戦、選手権とも優勝はできなかった。防衛医大の准教授などを経て日大教授に転じていた。

 日大ホームページで益子氏は学部長として「混沌とした時代にスポーツを通して人間力を高め、どのような道へ進もうとも自信と誇りを持った人材を養成することを目的としています」とメッセージを発している。

 廃部方針には批判や存続要望も出ている。大学スポーツを極めた益子氏だけに、活動の場をなくす痛みは誰よりも分かるはず。それでも廃部を打ち出したのは、よほどの苦渋の決断なのか…。