フィギュアスケート男子で2010年バンクーバー五輪7位入賞の織田信成(36=大阪スケート倶楽部)を襲った〝トラブル〟を巡り、疑問の声が上がっている。

 22年11月に現役復帰した織田は、28日に行われた西日本選手権(広島・ひろしんビッグウエーブ)のフリーで155・45点をマーク。27日のショートプログラム(SP)で61・30点の7位と出遅れながらも、合計216・75点で逆転優勝を果たした。全日本選手権(12月・長野)に進む上位6人の枠に入ったが、日本連盟によると、日本アンチ・ドーピング機構(JADA)への再登録を怠っていたことから、日本一決定戦への道が断たれてしまった。

 JADAの規程に基づく「登録検査対象者リスト」(RTP)に名を連ねていた織田は、JADAに指定されている国内競技大会(全日本選手権など)に出場する意思がある場合、6か月前までにJADAへ復帰届を提出した上で競技外検査を受ける必要があった。しかし、JADAが織田の復帰意向を確認したのは7月だったため、全日本選手権までに間に合わなかった。

 今回の件を受け、日本連盟は「織田選手は2013年末の引退から復帰までに長いブランクがありました。そのために上記届出を履行できなかったものですが、連盟として、織田選手に対し、競技復帰の手続きに関する適切なサポートができなかったことは、申し訳なく遺憾に思います」などとコメント。あるフィギュア関係者は「これはさすがにかわいそう。連盟もちゃんと管理しないといけない」と語るなど、ファンからも連盟の対応に批判が相次いでいる。

 まさかの事態に巻き込まれた織田は「全日本に出場できないのは僕としても非常に残念。最近まで何とか出られるように周りの人たちが模索してくれてはいたが、大会前に絶対に出られないと分かってはいた。目標を失った時はかなり落ち込んだ」と涙ながらに本音を吐露。無念さをにじませた。