阪神は24日の中日戦(バンテリン)で延長12回の末、0―0のドローに終わった。自己最多となる130球を投じ、10回5安打無失点の力投を披露した先発・才木浩人投手(24)に白星をプレゼントすることはかなわなかった。既に今季のリーグ優勝を決めている岡田彰布監督(65)だが、12イニングで1点も挙げることができなかった野手陣に対しこの日は怒りが爆発。虎の指揮官が選手一人ひとりの個人成績を重んじる背景には、自身の現役時代の苦い思い出がある――。
試合後の岡田監督は「情けないのう。なんの覇気もないなあ」「だから言うとるやんか。情けないって。そんなんオマエ、こんなゲームやったらアカンわなあ。ひどいなしかし」などと〝嘆き節〟を連呼。「情けない」のフレーズを何度も繰り返した。
先発・才木は今季ここまで8勝を記録。この日の一戦で9勝目をマークすれば、シーズン最終登板となる次戦で自身初となる10勝に到達できる可能性を残していた。球数が優に100球を超えていた10回も自ら「行かせてください」と直訴し、マウンドへ。だが若き右腕の心意気に打線は応えることができなかった。
村上の最優秀防御率、岩崎の最多セーブ、大竹の最高勝率、中野の最多安打など今季はさまざまな個人記録がかかる中、岡田監督は少しでも多くのタイトルを選手たちに獲得させようと、親心をにじませながら采配を振るっている。将来性豊かな若き右腕・才木もチームの未来を今後背負っていくべき大器だ。だからこそ今季のうちに2桁勝利の大台に到達させ、さらなる飛躍の足掛かりをつくってやりたかった。
「俺も苦い思い出あるよ」と指揮官。虎の看板打者の一人として長くチームを支えてきた岡田監督だが、意外なことに現役時代は打撃主要タイトルの獲得経験がない。最も肉薄したのは球団史上唯一となる日本一に輝いた1985年のシーズン。チームメートのランディ・バースと首位打者のタイトルをかけ打率数厘の僅差を最後まで争い合った。
だが、その年のレギュラーシーズン最後の2試合は巨人戦。日本記録の55本塁打(当時)に王手をかけていたバースは2戦合計6四球と勝負を避けられ皮肉にも打率が下がることはなかった。一方の岡田監督は当時の自身について「こっちは力んで打率下がるばっかやった」。既に規定打席に到達していただけに自分をベンチに下げてくれていたら――。その思いは今も残っているという。「最後になったらタイトルは取らせてやりたいからな。そこまで積み重ねてきたわけやから。そんなチャンスそうそうあるわけないからな」。
選手とは距離を置き、リアリストに徹するというイメージが強かった第1次政権時の岡田監督だが、長い歳月を経た今は言葉の端々から選手への情愛が自然とにじみ出る。それが、この日の試合後の〝怒り爆発〟につながったというわけだ。
そんな指揮官の熱い思いを感じ取ったからなのだろう。勝ち星を逃した才木も「『もう1回行け』と言ってもらえたのはありがたかった」と自身の直訴を受け入れてくれたベンチの判断に深く感謝していた。












