【石井和義の光と影#23】格闘技史上最大のイベントといわれる「Dynamite!」が行われたのは、2002年8月28日でした。結論としては、やって良かったですよ。野外だから3日間押さえていて、雨天延期で1日ずれるごとに2億円も損する形でリスクも大きかったんですけど…。

サップ(左)はDynamite!でノゲイラと激突(02年8月)
サップ(左)はDynamite!でノゲイラと激突(02年8月)

 そもそも、会場の国立競技場が押さえられなかったんです。前例がないから。それで森喜朗元首相とコンタクトを取ったら動いてくれて実現しました。オープニングではアントニオ猪木さんとエリオ・グレイシー(ブラジル)が一緒に聖火台に点火し「歴史的な大会をやったな」みたいなものはありました。メインで桜庭和志VSミルコ・クロコップ(クロアチア)、セミで吉田秀彦VSホイス・グレイシー(ブラジル)。ほかにもボブ・サップ(米国)とアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ(ブラジル)の衝撃的な試合があった思い出の大会ですね。

 協力して大会を開催した総合格闘技イベント「PRIDE」とは01年ころに接近し、同年大みそかの「INOKI BOM―BA―YE」の運営にも参加します。なぜって? 向こうから近づいてきたところがありますよ。こちらは地上波放送をフジ系、TBS系、日テレ系の3局やっていたから。当時はPRIDEのみならず、国内の格闘技団体がまとまりましたよね。

 あとは猪木さんの存在が大きいですよ。猪木さんがいるから、みんなが集まる。PRIDEも00年8月に猪木さんがエグゼクティブ・プロデューサーに就任し、一気に人気が出ましたから。ただ、当時PRIDEを運営していた「ドリームステージエンターテインメント(DSE)」は金銭的に詰まっていたんです。

 盛り上がってはいるけど、お金がほとんどない状態だった。本来なら1億円でできるところ、彼らに2億円預けました。自分たちでイベントはできるけど、あえてPRIDE側に仕事を委託しました。もちろんK―1の人間は「うちでやりたい」って言ったけど「今回はDSEにやらせてあげよう」って。お金を先払いにして、PRIDEを応援したんです。

 その一例が1992年バルセロナ五輪金メダリスト吉田秀彦のファイトマネーでした。DSEが「高くて払えない」っていうから、このタイミングでうちで払ってあげようと。いわば、僕からPRIDEへのプレゼントでした。実はけっこうPRIDEに“塩”を送ってるんですよ。立ち上げの時もしかり。総合格闘技が好きだから応援しているんです。

 だからこそ吉田の試合は「なんで止めるねん! こっちは高い金出してやってるんだから、最後までやれよ! 絞め落とせよ!」って思いましたけどね(笑い)。

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