昨年7月の参院選でれいわ新選組から出馬し、当選したお笑いコンビ「浅草キッド」の水道橋博士参院議員(60)が16日、議員辞職した。10月からうつ病で療養していた。実質的に議員活動は約3か月で無念のリタイアとなったが、爪痕はしっかりと残していた。
博士は昨年10月に参院内閣委員会での初質問を当日に欠席。深刻なうつ病により、ドクターストップがかかった。人一倍責任感が強いとあって、党や有権者に迷惑をかけることはできないと議員辞職を願い出ていたが、「最も不調をきたしている混乱状態の中で物事の決断は避けたほうがいい」との主治医の見解から、療養に集中できるように、れいわ新選組の山本太郎代表は休職扱いとしていた。
体調は改善傾向にあったが、昨年末から今年にかけて博士は複数回辞職を要望。れいわ側が主治医に確認したところ「不調の影響による極端な判断ではない」との回答を得たため、博士の意思を尊重し、辞職を受け入れたという。
たけし軍団出身者では東国原英夫元衆院議員に続く中央政界へのチャレンジで、参院選では話題を集めた。日本維新の会代表(当時)で、大阪市の松井一郎市長からスラップ訴訟を起こされたと問題視し、日本ではあまりなじみがなかった反スラップ法の法制化を公約に掲げた。これに共感した議員らの手で検討が進められている。
また「国会の可視化」もテーマとしていた。博士は議員に当選するずっと前の25年前から、その日に起きた出来事をすべてブログに記していた。近年は夜に数分しか時間がなくてもツイキャスで生配信することを日課としていた。
休職する前日まで、他党議員や省庁側の動きを克明に記し、談合やなれ合いを持ち掛けてくるような動きがあったらすべて表に出すと予告。国政調査権を得られた際には「政府にいる人は怖がってください」と警告していた。政府や霞が関側は「うかつな対応はできない」と、ある意味でガーシーに応対する以上に緊張感を持っていた。
一方で、芸人としての顔も忘れることはなく、8月に自らの還暦生誕祭イベントでは、三又又三と海パン一丁での裸踊りを披露。「議員たるもの人前で裸にならないこと」と党側に一筆入れていたが、党の懲罰委員会にかけられるのを覚悟で、芸人魂を見せつけた。
議員活動の傍ら、選挙前から製作に取り組んでいた自身が主演の映画撮影にも奔走するなど忙しい日々を送っており、パンクしてしまったとも。選挙中に応援に駆け付けた兄弟子のダンカンは「昔から真剣に物事を考え過ぎて、しかも人のため。自分が幸せになることを考えればいいのに、不幸になっている典型」と危惧していた。
議員としての活動はピリオドを打ったが、山本氏は「芸能人は権力者と対立することは絶対避けたい職業。けれども博士は正面から闘うことを選んだ。その姿に心打たれた芸能関係者の方も多い。同業者の間でも自分を見つめ直す大きな機会だった」と感謝。病状の回復を待って、同党のアドバイザー的な役割を果たしてもらいたいとした。
実際、博士の選挙では先月の西東京市議選でトップ当選した芸人の長井秀和のほか、多くの芸人仲間、芸能関係者が手伝い、中には政治の道を志す者も出ている。道半ばで倒れた〝博士イズム〟の後継者が今後、出てくるだろう。












