【取材の裏側 現場ノート】熱戦が繰り広げられたカタールW杯は、いよいよアルゼンチンVSフランスの決勝を迎える。今大会の盛り上げにひと役買ったのが、全64試合を無料生中継する「ABEMA(アベマ)」で解説を務めた元日本代表MF本田圭佑だろう。

「どう見てもオフサイドでしょ!」と感情を込めて叫んだかと思えば「僕なら後ろ3枚にしますね」と監督目線で語るなど〝らしさ〟満点で、SNS上ではハッシュタグ「#本田圭佑」「#本田の解説」が大きな話題を呼んだ。

 同じカタールで思い出したことがある。あれは2005年1月のこと。カタール国際大会にU―20日本代表が出場し、記者は同行取材した。当時、石川・星稜高3年でJ1名古屋への入団が決まっていた18歳の本田も代表に選ばれていた。

 現地では本田がFKの練習を繰り返しているのを目撃し、思い切って提案してみた。「FKに本田くんなりの名前をつけてほしい」。すると「ちょっと明日まで考えてもいいですか?」という返答だった。

 翌日の練習後、本田は1枚の紙を渡してきた。ホテルのベッドわきにあるメモ用紙に「左の王様=レフティーキング」と書かれていた。意図を問うと、星稜高で「キング」と呼ばれていたからだという。ちなみに「本田スペシャル」との間で迷ったそうだ…。

 その後、準決勝で日本はノルウェーと対戦。本田の先制点で迎えた延長後半、自らゲットしたFKのキッカーを本田が務めた。当時の紙面を見ると「芸術的ループは高速度のまま6枚の壁を越え、ゴールに吸い込まれた」と記している。この「レフティーキング」で日本は2―0で勝利を収め、韓国との決勝に進んだ。

 その後、プロレス担当になった記者は「不知火」「レインメーカー」「シャイニングウィザード」といった、さまざまな技名を知ることになったが、なぜか「レフティーキング」だけは、いまだに忘れられない。17年前に本田が垣間見せた〝らしさ〟だったのかもしれない。そんなことを思い出したカタールW杯だった。

(元サッカー担当・小坂健一郎)