【山本美憂もう一息!(17)】 レスリングの女子種目が初採用となる2004年アテネ五輪出場を目指し、私と妹の聖子は同年2月の代表最終選考会・クイーンズカップに出場しました。しかし、2人とも出場権を得ることはできませんでした。父(郁榮氏)を五輪に連れていきたかった…。涙を流した私たちを、最高の形で励ましてくれたのが、弟のノリ(徳郁さん)でした。
ノリはレスリングから総合格闘技(MMA)に転身。修斗などで頭角を現していました。そしてクイーンズカップの日の夜「K―1 WORLD MAX2004 日本代表決定トーナメント」で、K―1デビュー戦に臨みました。観戦のため、聖子と私は目を腫らしながら駒沢体育館から代々木第二体育館へ移動しました。
ノリの相手は優勝候補の村浜武洋さん。ノリもキックをやっていましたが、キックの強豪とはレベルが違うため、負けてしまうのではと心配でした。会場に到着し、すぐ控室へ。私と聖子が「負けちゃったよ」と話すと、ノリは「大丈夫。おれが勝ってくるから!」と頼もしいことを言ってくれました。
K―1ルール初挑戦ながら、ノリは村浜さんをKOで破りました。「すごい!」。聖子と大喜びです。残念ながら、古傷の右手第二中指を骨折しドクターストップ。準決勝を棄権しましたが、本当にかっこよかった。これこそ、失意の私たちに対する、ノリの精一杯の慰めです。報道陣には「(姉妹は)負けちゃったんですが『納得した』と言っていた。それで十分ですよ」と語っていました。ノリのおかげで、その夜は負けを忘れることができました。やはり「この人はすごい」と改めて思いました。
ノリがMMAに転向する前「これ、マジ面白いよ」とビデオを見せられたことを覚えています。それは、フランク・シャムロック(※)のもの。私はいまいちピンときていなくて「へえ、そうなんだ~」と返していました。「本当にノリに向いているのかな」という思いもありました。レスリングでは日本が強い軽量級で全日本選手権2位の成績を収めていたので、このまま頑張れば、五輪も出場できる強さだったのです。レスリングで頑張ってほしかった父も最初は「もったいない」「パパは知らんぞ」という感じでした。
それでも子供が頑張っている姿を見たら、父も応援するしかない。試合を見に来るようになっていました。村浜さんとの試合も観戦。父は「強えなあ」と感心してノリに声をかけると「当たりめえよ。息子だろ」と返していました。
ノリはここからMMAの世界でスター街道を駆け上がるのです。
☆やまもと・みゆう 1974年8月4日生まれ。神奈川県出身。72年ミュンヘン五輪代表の父・郁榮氏の影響で小2からレスリングを始める。87年に中1で女子初の全日本選手権を制覇(44キロ級)し、47キロ級も含め5連覇。同選手権では計8度の優勝を誇る。91年、年齢制限のある世界選手権に特例で出場し史上最年少の17歳で優勝。94、95年も世界を制した。2016年にMMAに転向し「RIZIN」で女子格闘技をけん引。3人の子を持つ母。156センチ。












