4月1日(日本時間2日)のNXT「テイクオーバー」(テキサス州ダラス)でWWEデビューを果たす中邑真輔(36)が26日、日本を出発した。日本プロレス界最高のカリスマは、いよいよ世界最大団体の夢舞台に立つ。19歳で父・博之さんと死別した中邑を支えてきた母の訓子さん(66)も「世界のカリスマ」を目指せと、息子にエールを送った。

 WWEデビューを約1週間後に控えた中邑は、26日に日本を出国した。新たな入場テーマ曲には「自分をたぎらせてくれるもの」(中邑)が完成。新コスチュームは出発直前に届いたため、従来のものの使用も含め現地で判断される。

 国内盟主団体・新日本プロレスで約10年以上トップに君臨した選手が退団し、WWEに移籍した例はない。中邑は「そうとらえられるのは十分承知。おのずと背負うものがあるのは感じてますよ。WWEのトップ(を目指す)というのは大前提で、あとはフレキシブルに好みで決めていきたい」と目を輝かせた。

 出発を見送る中には母・訓子さんの姿もあった。高校生のころから英語を積極的に学び、卒業文集も英語で記した。海外への憧れが強い息子の姿を見てきただけに、いつかこの日が来ることを予期していた。家族に決断を伝えたのは、昨年11月5日の地元・京都大会後だった。帰省した中邑は、19歳のときにがんで死別した父・博之さんにも報告を入れた。訓子さんは「仏壇に長いこと手を合わせていましたから。主人がいたら、楽しみにしていたはずです。(米国に行っても)主人が守ってくれると思います」と振り返った。

 博之さんは生前、中邑を和歌山や新潟など他県のプロレス会場にまで連れて行き一緒に観戦。これから世界の舞台に羽ばたく息子を天国の父も見守っているに違いない。

 全てが順風満帆だったわけではない。

 2006年の海外武者修行時代には、体のビルドアップに悩む息子の弱音を珍しく聞いた。母は「(体が)細いレスラーがいてもいいじゃない」とアドバイス。その後中邑は肉体改造を果たして帰国したが、真のブレークはしなやかな肉体を生かした「クネクネ」とも評されるスタイルだった。他に比類なき芸術性の高いファイトで今や海外でも抜群の評価を受ける息子は、訓子さんの誇りだ。

「生きがいですし、ファンでもあるし、自分の息子ではあるけど、それを超えてますね。『世界のカリスマ』になってほしいです。なれるといいですね」

 家族の、そして日本中のプロレスファンの期待を背負い海を渡った。「キング・オブ・ストロングスタイル」の名をWWEの歴史に刻み込む日は、もう目前だ。