【藤井康雄「勇者の魂」(32)】ソフトバンクの一軍打撃コーチになって1年目の2011年、チームは2位に17・5ゲーム差をつけて優勝。日本シリーズは落合博満監督率いる中日と対戦しました。震災があって日程が遅くなったけど、楽しかったですね。シーズンもそうだし、CS、日本シリーズといい緊張感の中で最後まで試合ができた。外弁慶な展開になって4勝3敗で日本一。日本シリーズの舞台なんて1996年以来だし、なおかつ日本一になったから幸せでしたよねえ(笑い)。
移籍して環境、生活、チーム事情とオリックスと違うものをいろいろ見れた。強さの秘密がわかったというか、すべてにおいて「現場ファースト」。年俸の上がり方もすごいし、そりゃ選手は頑張りますよ。人気があってお客さんも来るからさらにやりがいがある。毎日どこかの地上波でホークス戦をやってるし、巨人みたいに日本テレビが熱心にやっているとかじゃなく、どこもホークスをたくさん取り上げてくれる。九州に来てよかったなあって思ったもん。オリックスへの後ろめたさはないですよ(笑い)。
翌12年は川崎宗則、和田毅、杉内俊哉の主力3人が抜けたからしんどかったですね。今宮健太が出てきたり、何とか優勝争いはしたけど連覇を逃して3位。そしてその年の10月8日、最終戦のオリックス戦で悔しい出来事がありました。その日は小久保裕紀の引退試合で誕生日。なんとか花道を飾らせてあげたいとみんなが思っていたのに…。
相手投手は西勇輝(現阪神)。小久保は戦前から西に「真剣勝負で来い」と言っていたし、こっちもCSを控えて勝ちに行ってましたよ。でもヒットが出ない。5回、7回…おいおいやばい。打撃コーチ的には焦りますよね(笑い)。何とか打ってくれよと、8回、9回は祈る思いでした。西は外のボールの出し入れとインコースのボールを使い、左打者へはコーナーをうまく突いてくる。甘いボールがなくて、ウチの打線どうこうより、とにかく西がよかった。
ノーヒットノーランが決まった瞬間は「やられたな」というのと、小久保への申し訳なさと…。普通、引退試合ならストレート勝負で「どうぞ打ってください」というパターンが多いと思うんだけど、小久保もそういうのを好まなかったと思うし、そこは真剣でしたね。
でも秋山幸二監督がブチギレでした(笑い)。ホーム最終戦ということで試合後に整列し、監督があいさつした後、選手一人ひとりにマイクを回して「CSの抱負を言え」って。セレモニーの予定にないし、こんなの異例なことですよ。よっぽど頭にきてたんだろうね(笑い)。普段怒らない監督がねえ。
それ以降、僕は打撃コーチとしてトラウマになったかもしれない。毎試合「とにかく早く1本、打ってくれ~」って思いますもん。1回やられると気持ちの中でずっと残るんですよねえ。
☆ふじい・やすお 1962年7月7日、広島県福山市出身。泉州高(現近大泉州)から社会人・プリンスホテルを経て、86年のドラフト4位で阪急に入団。長距離砲としてブルーサンダー打線の一角を担った。オリックスでも95、96年の連覇に貢献。勝負強い打撃が持ち味で、通算満塁本塁打(14本)は歴代3位。代打満塁本塁打(4本)は日本記録。2002年に引退後はオリックス二軍打撃コーチ、11年からソフトバンクで一軍打撃コーチを務め、18年にオリックスに一軍打撃コーチとして復帰。今年から総合建設業「共栄組」に籍を置き、JSPORTSの解説、神戸中央リトルシニア、関西創価で指導している。












