【異業種で輝く元プロ野球選手】ヘッドの利いた鋭いスイング。当時は相手投手を震え上がらせた。だが、その鋭い眼光はもう見られない。手塩にかけた商品を優しい笑顔で手渡す。街角にいる温厚なパン屋さんのご主人そのものだ。近鉄最後のV戦士、川口憲史さん(43)は現在「パン and ベーグル hands hands」(〒819―0371 福岡県福岡市西区飯氏773―1 ℡092・407・8244)の経営者として第2の人生を歩んでいる。

 引退を決意したのは2010年。近鉄で10年、楽天で6年の現役生活を全うした。球団からは引退試合も打診されたが固辞。最後まで挑戦する道を歩んだ。トライアウトでは受け入れ球団はなくユニホームを脱いだが、最後までやり切った。「もちろん、そんなの後悔はいっぱいありますよ。誰だってそうでしょ? でも、自分は信念を持ってやり切った。だから納得できてます」と、新しい道にかじを切った。

 引退してからしばらくは仙台に残り、道子夫人と将来像を相談し合った。もともと夫人がケーキやパンを焼く技術を持っていたこともあり、お互いの故郷である福岡に帰って店を開く計画を温めていた。そんな折、11年3月11日の東日本大震災で被災した。そのタイミングで「パソコンで物件探して、実家の父に下見をしてもらって、決めました」と福岡行きを即決した。

 物件取得や大型オーブンの購入など、商売の素人ではハードルも高かったが問題はなかった。「いやもう、僕は本当に奥さんに感謝です。23歳で結婚して経済的な管理はすべて任せていた。ちゃんと(資金を)残しておいてくれたので(開業)できました。奥さんが作るパンもおいしかったので不安はなかったです」。12年4月29日に開業し今年でもう7周年。すっかり地域の名店となった。

 近鉄当時、夜中3時まで飲み歩くのは当たり前の豪傑だった。今はその時間には起きて生地の仕込みが始まる。「夜の9時には寝ないとソワソワする」。猛牛戦士から“ジャムおじさん”に転身!? 温和に笑う表情には充実感が満ちあふれていた。

 ☆かわぐち・けんし 1976年6月28日生まれ。福岡県出身。柳川高から94年ドラフト4位で近鉄に入団。2001年は主に指名打者として打率3割1分6厘、21本塁打、72打点とキャリアハイの成績でリーグ優勝に貢献。球団合併で05年から楽天に移籍。新設球団では「3番・一塁」で開幕スタメン。球団初打点をマークした。10年限りで引退。通算976試合、613安打、69本塁打、314打点。現在はベーカリー経営のほか西南学院大のコーチも務める。