“白覆面の魔王”ことザ・デストロイヤーの「覆面世界一決定10番勝負」最大の不祥事が、第7戦で起きた「ザ・ブラック・デビル偽者事件」だ。

 USヘビー級選手権も兼ねた一戦は1975年5月27日広島で行われた。来日決定の際、5月21日付本紙は写真とともに「巨体を黒スーツに包み、不気味な黒マスク姿。魔王の敵は初来日の黒い悪魔」と報じている。

 記事では「PWF本部の指示により“黒い悪魔”ブラック・デビルの来日が決定した。187センチ、112キロの体格で、30歳前後のラテン系という印象だ。現在はボストンなど東部一帯をサーキットしているらしい」と記され「広い肩幅、厚い胸、太い腕はタフネスそのもの。頑丈そうな足は4の字固めを簡単に返しそうだ」とかなりの強豪と分析している。

 だが5月23日後楽園の開幕戦で状況は変わる。やってきたのは身長180センチ程度のマスクマン。事前に送られてきた写真と明らかに別人なのだ。

「いざデビルが来日すると、御大・馬場が首をひねり始めた。『どうもおかしい。写真と違うようだ』。デストロイヤーは『よし、広島で勝って正体を暴いてやる』と答えていた。確かにファンが見ても写真と違うことが分かる。いったい何者なのか?」と“偽者”と断じている。何てノンキな時代だったのか…。

 決戦当日。正体を暴くため、魔王は開始から大奮闘。1対1のタイから強烈な頭突き2発で3カウントを奪い、覆面をはいだ。現れたのは…。

「正体はすでに日プロ、新日プロに2度も来日しているマヌエル・ソトだった。未知の強豪とはとんでもない話。日本のファンにもおなじみの男だった。魔王以上に怒った馬場は『こんなバカなことがあるか! 冗談じゃない!』と黒覆面をビリビリに引き裂き、観客席へ放り捨ててしまった」

 馬場も馬場という気がしないでもないが、試合後には「すぐにPWFに抗議する。本人とPWFに徹底的に事情聴取する」と怒り心頭だった。来日が間に合わず、急きょ代役が立てられたという説が濃厚だが、真相は明らかになっていない。

 結局、この試合は無効試合となり、同年8月19日札幌で改めて本物のブラック・デビルとの第8戦が行われ、デストロイヤーが2―1で勝利を収めている。覆面レスラーの闇と謎の深さを証明する“偽者事件”だった。(敬称略)