新日本プロレス「G1クライマックス」は16日両国国技館大会で最終日を迎え、棚橋弘至(38)が中邑真輔(35)との優勝決定戦を制して8年ぶり2度目の制覇を果たした。G1史上最長の28日間、全19大会という過酷なリーグ戦を制した棚橋は本紙に独占手記を寄せ、エース復権の裏舞台と、プロレスの未来への熱き思いを激白した。

【独占手記】G1クライマックス、ちょっくら優勝してきました。俺が昔から望んでいた超満員の会場と風景がそこにあって、感謝の言葉が見つかりません。

 疲れたことのない俺ですけど、開幕戦(7月20日、札幌)で首を負傷してしまってどうなるかと思いましたね。しびれが取れなくて、治療して針を打ちまくったけど、戦いながら「もっとできるのに…」っていう悔しさがあって、それが一番つらかったです。

 そんな時、仙台でのオフにプライベートでエアギターの世界選手権日本代表を決める大会(3日、仙台Rensa)を見に行ったんです。エアギターってマイナージャンルなんですけど、弾いてる本人たちはすごく楽しいんですよね。俺も2006年に初めてIWGP王者になった時は、もっとプロレスを広めたくて「どうしたらいいんだろう。どうしたら…」と毎日思ってた。マイノリティーでも自分が好きなものを発信して広めていく、という原点を思い出させてもらって力になったんですね。共感してもらえる時の喜びは、何物にも代えがたい。

 家族にも支えられました。シリーズ中、息子(10歳)が背中に乗ってくれて、俺の凝り固まった背筋と腰を足で踏みしだいてくれるんですよ。娘(11歳)のバレエのコンクールも重なったりして、あの年齢で堂々と舞台で踊られると、大人もしっかりしないとなと思いますし。両親も応援してくれてますしね。俺は昔、両親に一番の親不孝をした。だから「今、テレビ出て頑張ってるね」ってなって、少しでも誇らしい息子でありたい、少しでも親孝行したいという思いは常に抱いて戦ってます。

 今、プロレスが盛り上がってると言われるのはすごくうれしいんですけど、全然満足してない。プロレスのポテンシャルはもっとある。今回のG1でもそれを証明したかった。まだ棚橋弘至を知らない人もいる。まだ自分がピークでいい。「プロレスを信じてやって来てよかった」という自分の言葉が(大のプロレスファンである)作家の西加奈子さんに届いて、それがこっちの業界にも追い風になった。全力でやっていれば、追い風は必ず吹くんです。

 だからこれからももっと有名になって、若い人に「プロレスラーになりたい」と思ってもらえる存在になることが10年後、20年後に続いていくと思う。プロレス界にとどまらないんだけど、プロレスを大事にしている存在になりたい。

 IWGPのベルトは、後からついてくるものだと思います。新日本プロレスの中心として、エース復活。これからの棚橋に期待してください。期待には期待以上で応えます。東スポ読者の皆さん、愛してま~す!