日本や欧米の報道だと、果敢なウクライナ軍の抵抗によって、ロシア軍が守勢に追い込まれているという印象を受ける。

 確かに大多数の日本人は、ウクライナ人が侵略者ロシアを放逐することを心の底から望んでいると思う。しかし、歴史の現実においては、日本国民が考える正義が実現するとは限らない。

 とりあえず5月9日の対独戦勝記念日までに、ロシアは「特別軍事作戦」の目的を達成し、ファッショ勢力からドンバス地域(ウクライナのドネツク州、ルハンスク州)で、「ナチス主義者、排外主義者から解放することができた」と宣言するであろう。その体裁を整えるために「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」がそれぞれドネツク州とルハンスク州の領域全体を軍事力によって実効支配することに向け、全力を尽くしている。

 2月24日にロシアがウクライナ侵攻を開始した時点で、ルハンスク州の約半分、ドネツク州の3分の1を親露派武装勢力が実効支配していた。今月3日時点で、ルハンスク州は9割以上、ドネツク州は5割強、親露派武装勢力が実効支配している。

 ルハンスク州が「人民共和国」側の手に落ちるのは、残念ながら時間の問題だ。ドネツク州にはウクライナも正規軍のほか、内務省直轄のアゾフ大隊のような精鋭部隊を投入して頑強に抵抗している。今後、ロシアは戦力をドネツク州に集中して、両州全域を「人民共和国」の支配下に置くべく全力を尽くすであろう。「ルガンスク人民共和国」と「ドネツク人民共和国」は、いずれロシアとの合併を求める国民投票を行い、それは圧倒的多数の賛成票を得るであろう。

 また、3月30日には、「南オセチア共和国」のアナトリー・ビビロフ大統領が「歴史故郷であるロシアと再統一する国民投票を近く行う」と表明した。「南オセチア共和国」はロシア軍の介入により2008年にジョージアからの一方的独立を宣言した「未承認国家」だ。「未承認国家」と言っても国連加盟国では、ロシア、ニカラグア、ベネズエラ、ナウル、シリアの5か国が承認している。国民投票が行われれば、圧倒的多数の賛成でロシアとの再統一が決定されることは必至だ。ジョージアが激しく反発し、軍事介入する可能性もある。

 プーチン氏はジョージアが軍事介入しても力で叩き潰し、「南オセチア共和国」を併合する腹を固めているのだと思う。これが現時点におけるプーチン氏のロシア帝国拡張戦略の最低限目標だ。

 ☆さとう・まさる 1960年東京生まれ。85年、同志社大学大学院神学研究科を修了し、外務省に入省。ソ連崩壊を挟む88年から95年まで在モスクワ日本大使館勤務後、本省国際情報局分析第一課で主任分析官として活躍した。2005年に著した「国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて」で鮮烈なデビュー。20年、菊池寛賞を受賞した。最新著書に精神科医・斎藤環氏との共著「なぜ人に会うのはつらいのか」(中公新書ラクレ)がある。