西野朗前代表監督が独占激白! 森保監督にゲキ「小国の戦い方する必要はない」

2022年06月29日 11時30分

西野朗前日本代表監督(東スポWeb)
西野朗前日本代表監督(東スポWeb)

 11月開幕のカタールW杯を前に、2018年ロシアW杯で日本を16強へと導いた前日本代表監督の西野朗氏(67)が独占インタビューで森保ジャパンの現状を徹底分析した。同氏は森保一監督(53)を含めた日本サッカー界の“トップ4”による極秘会談が開かれていたことを明かした上で、6月の4連戦を終えた代表の実情を指摘。W杯での躍進の可能性をズバリ直言した。

 ――アジア最終予選の苦戦をどう見ていたか

 西野氏=以下、西野(タイから)帰ってきてポイチ(森保監督)と2、3度会ったりしていろいろ状況を聞いたり、ねぎらったりはした。客観的に見て、よく戦ったよねと。

 ――森保監督は助言を受けたいと語っていた

 西野 オレ、岡田(武史日本サッカー協会副会長)、田嶋(幸三会長)、ポイチで2度会った。会長は最初の3試合(1勝2敗)で「えっ」と思ったみたいだが、オレと岡田は全然ポイチ(の指導力)を疑っていなかったし、これからどうやって出場するまでのストーリーがあるのかと思っていたね。心配していなかったし、どこかでスイッチが入ればとは思っていた。

 ――その理由は

 西野 ブレないから、ポイチは。それに選手との関係が強い。それは僕でも岡田でもない、4年近くやって(予選の)最初から日本人の代表監督で持ってこられたのはポイチしかいない。チームの中の選手の動き、選考とか起用などいろいろ試行錯誤してトライしてやってきている。チームの中での準備、選手とのコミュニケーションのところ。自分の思いや引き出しを伝えた時間という財産はものすごくある。

 ――まさに森保監督が重視してきた点だ

 西野 ポイチの性格、指導力があり、根底には強い絆がある。僕も短期間でやろうとはしたけどポイチの財産は計り知れない。その強さがある。岡田がいろいろ言っていたが「お前だって違ったよね」と(笑い)。「お前にもない財産をポイチは持っているよな」と言ったら、岡田も「その通り」と言っていたよ。

 ――6月の4連戦をどう見たか

 西野 今回の4試合はW杯モードでやったと思う。ミーティング、スケジュール、移動と。内容的にはいろいろ課題が出てよかった。やっぱり攻撃に物足りなさがある。最終予選でも12得点。6月もやっぱり点を取れない2試合があったし、強豪国に対しての攻撃力が課題だ。守備面は今のスタイルは間違いなく浸透して上向いている。

 ――攻撃面はどうすれば良くなるか

 西野 MF三笘薫(サンジロワーズ)とか(MF伊東)純也(ゲンク)、現状そこが生命線という感じがする。ものすごい強みだと思う。プレッシングからのショートカウンター、ポゼッション、そしてサイドアタックが通用している時間、試合が多くなってきている。ボックスにボールが供給される回数が、がぜん増えた。狙いやチャンスメークはやれている。あとは人数をかけるかストライカーの決定力ではないか。

 ――W杯1次リーグE組は強豪揃いだ

 西野 ドイツとの初戦(11月23日)はもちろん大事だが、コスタリカとの2戦目(同27日)をしっかりとフォーカスしなければいけない。ここを取ればスペイン戦(12月1日=日本時間2日)で可能性を残せる。スペインはもちろん強豪だが、東京五輪で善戦してロンドン五輪では勝っている。決して恐れることはないし、時間をかける攻撃が多いから対応はしやすい。

 ――森保ジャパンが勝ち抜くためには

 西野 小国の戦い方をする必要はないと僕は思う。日本チームは十分、力はある。小国の戦い方を選んでしまうと重心が後ろになってしまう。ドイツにも受け身ではなく、アクションを起こして戦うことで十分やれる。そういうスタイルで戦うべきだ。今は選手もFWネイマールが来たって動じないだろう。何回かやられる可能性はあるけど、またやり返せばいいと。最初から腰が引けた戦い方をする必要はない。

 ――1次リーグ突破の確率はどのくらいか

 西野 2試合目をしっかり見据える。なんとなく勝てるとか過信せずに。1、3試合目に注目が集まっている中で、コスタリカに対して勝ち点3を取れれば、十分に可能性はあると思う。

 ――その先には目標の8強以上がある

 西野 それはブレていない。この間も散々そこは「うちらができなかったことをお前に託した」と強く、強く言った。「8」と(空中に)書いて別れたからね。もう(森保監督が胸に)刻み込んでいるから。応えてくれると思う。

☆にしの・あきら 1955年4月7日生まれ。埼玉県出身。浦和西高から早大を経て日立製作所でプレー。指導者として96年のアトランタ五輪で日本を率い、優勝候補のブラジルから大金星を奪う“マイアミの奇跡”を演じた。G大阪を率いて2008年アジアチャンピオンズリーグ制覇。18年4月にバヒド・ハリルホジッチ監督の電撃解任を受けてロシアW杯開幕2か月前に日本代表監督に就任すると、2大会ぶりの16強へと導いた。19年7月にタイ代表監督に就任し、W杯予選敗退後の21年に退任した。

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