【プロレス蔵出し写真館】恐れ多くも猪木に一撃を食らわせたのはベニー・マクガイヤー(写真)。超巨漢コンビ、2人合わせた体重の合計が600キロという双子の兄弟、マクガイヤー・ブラザーズ(ベニー&ビリー)のベニーの方。
これは、今から44年前の1978年(昭和53年)2月9日、新日本プロレスが東京体育館で開催した「ファンの集い」(ファン感謝デー)で行われた、「叩いて、かぶって、ジャンケンポン」ゲームでのひとコマ。猪木はヘルメット手にしたがベニーの風体に油断したのか、かぶるのが遅れた。傍らで坂口征二が笑顔で見守り、終始和やかな雰囲気で行われた。
このファンの集いは司会が土居まさる、ゲストの笑福亭鶴光は上半身裸で黒のロングタイツ、ラッシャー木村スタイルで参加。ユニークな企画がラインアップされ、テレビ朝日系「水曜スペシャル」で録画放送された。
終盤には、〝お約束〟のタイガー・ジェット・シンと上田馬之助が殴り込み、客席は最高潮。
上田は前日8日、日本武道館で猪木と日本初のネール(釘板)デスマッチで対決。場外に2寸5分(約13.64センチ)の釘が打ちつけられた板36枚を敷き、鉄パイプのフェンスでリングを囲んだ中で攻防を繰り広げた。上田はアームブリーカーで左ヒジ第二関節脱臼。シンがタオルを投入し、11分2秒、KO負けしていた。
ところで、イベントを盛り上げた双子のマクガイヤー兄弟は、74年1月に〝世界一の巨漢〟として新日本に初来日すると、人のよさそうな風貌、ホンダのミニバイクに乗ってリングに入退場するなど、ユーモラスなキャラがウケて人気者になった。テレビにも毎週のように登場。試合は若手を相手にした2人対4、5、6人などのハンディキャップマッチが中心で、当時若手だった藤波辰巳(現・辰爾)、藤原喜明、小沢正志(後のキラー・カーン)なども含まれていた。
75年1月の2度目の来日時には、猪木1人が兄弟2人を相手にする逆ハンディキャップマッチを行った(2月6日、東京・大田区体育館)。ビリーに羽交い絞めされた猪木は、突進してくるベニーにダブルキックを見舞いロープに張り付けにし、ビリーにコーナーからフライングニードロップを決めて勝利を収めた。2人のよさを引き出し、仕留めるという猪木の面目躍如だった。
この年75年5月、ベニーはレスラーになる以前からの友人で元ショーダンサーのダニエルさんと結婚。ダニエルさんの体重は44キロ。ベニーは320キロに増量していて、〝276キロの体重差婚〟と話題になり、日本のバラエティー番組でも取り上げられた。
一方、ビリーは79年7月に悲報が報じられる。プロレスを休業し、カナダ・オンタリオ州ナイアガラフォールズの博物館に〝就職〟していたビリーは、バイクに乗っている最中に転倒し、ヒジを痛めオンタリオ州内の病院に入院。14日、呼吸器系統に障害を起こし32歳の若さで死去した。
死亡した時の体重は339キロ。寝返りを打たせるのに消防士9人、看護師6人を必要とするなど、最後まで怪物ぶりを発揮したと博物館から明かされた。
マクガイヤー兄弟は日本に3度来日。通説では兄ベニー、弟ビリー(逆の記述がされている資料もあり、真偽は不明)。記録より記憶に残るプロレスラーだった(敬称略)。












