【プロレス蔵出し写真館】1991年(平成3年)10月17日、福岡国際センターのリング上で驚きの光景を目の当たりにした。
新日本プロレスの第1回「SGタッグリーグ戦」で優勝した藤波辰爾とビッグバン・ベイダーを祝福するために観客がリングに殺到、リング内になだれ込んだ。リングは大勢の観客で埋め尽くされ、ベイダーは隅に追いやられていた。
このリーグ戦は異色コンビが結成され藤波&ベイダー組を始め、蝶野正洋&クラッシャー・バンバン・ビガロ組、橋本真也&スコット・ノートン組とドリームコンビが実現した。優勝戦出場組決定戦で藤波組は蝶野組を破り、優勝戦では長州力&マサ斎藤組と激突。藤波が斎藤をグラウンドコブラでフォールして優勝を飾った。
この日、2試合を戦って優勝した藤波組に感情移入したのだろうか、興奮した観客がリングに近づき藤波とベイダーに握手を求めた。そして、それがエスカレートして冒頭の出来事が発生した。
場外フェンスが設置され、リングにファンは近づくことができないはずで、この状況には大変驚かされた。
さて、鉄柵がなかった日本プロレスの時代は、観客がどさくさにまぎれてリングに上がり、選手の汗を拭くなどの行為が稀に見られることがあった。
大勢の観客がリングを占拠して収拾がつかなくなったのは、今から51年前の71年(昭和46年)3月2日、蔵前国技館で行われたジャイアント馬場&アントニオ猪木組VS〝千の顔を持つ男〟ミル・マスカラス&〝ギリシャの新星〟スパイロス・アリオン組のインタータッグ選手権。
60分3本勝負で行われた試合は、1本目マスカラスがフライングクロスチョップからボディープレスで猪木をフォール。2本目は馬場がアリオンにトップロープからの踏みつけを見舞った。決勝の3本目は、猪木がマスカラスに〝伝家の宝刀〟卍固めを決めギブアップを奪った。カットに入ったアリオンに馬場がコブラツイストを決めフォロー。名場面を演出した。認定証とベルトの授与が終わると、観客がリングに上がりこんで馬場と猪木を祝福した(写真)。
ところで、マスカラスはこの時が初来日だったのだが、国際プロレスがファンから公募した初来日させたい〝まだ見ぬ強豪〟でマスカラスが第2位。1位はアリオンだった。日プロは国際の企画をパクリ2人同時に招へいしたのだった。
東スポと専門誌「月刊ゴング」が煽ったせいもあり、マスカラス人気は爆発。2月18日、羽田空港に降り立ったマスカラスを大勢のファンが出迎えた。
その中には、今年4月に「プロレスラー 至近距離で撮り続けた50年」(新潮社)を出版したフリーカメラマン山内猛さんもいた。「140点の写真で迫力あるレスラーの…えっマスカラス? 本の宣伝じゃないの?」と言いつつ、マスカラスの思い出を語ってくれた。
「マスカラスは空港に写真を撮りに行った最初のレスラー。出迎えたファンは5、60人はいたかなぁ。16歳の高校生をホテルの自室に招いてくれ、後に幻と言われた〝蟹〟マスクをプレゼントしてくれました。インタータッグはテレビで観戦したけど、マスカラスのフライングクロスチョップを馬場が16文で叩き落としたのは許せなかった。馬場はマスカラスを〝コケ〟にしてたでしょ。技を受けないで」。そう憤った。
馬場と猪木が人気者で強豪マスカラスを圧倒し、王座を防衛したことに観客は留飲を下げリングに駆け寄った。とはいえ、リングに立ち入るのはご法度。このような光景も、今後見ることはないだろう(敬称略)。












