【プロレス蔵出し写真館】凛々しいスキンヘッドに、思わずチュッ! 微笑ましく見えなくもない写真の2人は?
キスしているのは、大相撲・元大関小錦の実兄アノアロ・アティサノエ。1984年(昭和59年)9月にアントニオ猪木と異種格闘技戦を戦い、その後は新日本プロレスに入門し、プロレス修行中だった。そして、キスされているのは〝プロレスリング・マスター〟若き日の武藤敬司だ。
今でこそスキンヘッドの武藤は見慣れているが、デビュー2年目を迎えようとしていた85年3月1日、「ビッグ・ファイト・シリーズ第1弾」の開幕戦が行われる後楽園ホールに姿を見せた武藤を見て、思わずクスッと笑ってしまった。
坊主頭、短髪だった武藤の頭がツルツル。意外に似合ってはいたが、失恋でもしたのか? それとも何か失敗でもやらかしたのか…マスコミは喧々諤々だったが、本人は、ヤングライオン杯に賭ける気合の現れだと明かした。
そのヤングライオン杯は9人で優勝を争い、武藤の成績は4勝4敗。勝ち星を挙げた相手は同期のライバル蝶野正洋、橋本真也、船木優治(現・誠勝)、そして先輩の小杉俊二から。一方、敗れた相手は皆先輩で後藤達俊、佐野直喜(後の巧真)、畑浩和、山田恵一(後の獣神サンダー・ライガー)。
優勝したのは決定戦で山田を破った小杉だったが、武藤は小杉から逆さ押さえ込みで大金星を挙げていた。また、スキンヘッドは維持していたわけではなく、髪が徐々に伸び始め元の坊主頭に戻っていった。
このヤングライオン杯の優勝者へのご褒美は海外遠征の切符だったが、武藤は優勝していないにもかかわらず、異例の海外武者修行が決定する。
柔道の猛者だった武藤は、新人のころから道場のスパーリングでもアントニオ猪木、藤原喜明にそれぞれ1回ずつしか極めさせなかったと、後年、明かされたように無類の強さとプロレスセンスを誇っていた。そのため、早くから将来のエース候補として英才教育されることになった。
外国人レスラーとの対戦も、この年に経験。ファンに渡米あいさつを行った10月31日の東京体育館大会では、カール・スタイナー(過去、国際プロレスに覆面レスラーザ・UFOとして来日)を破り初勝利も挙げた。
武藤はアメリカで期待通りの活躍、話題を提供して若きニュースターとして86年に帰国し、メインイベントにも起用された。UWFの台頭で、アメリカンスタイルの武藤がファンに受け入れられるのは、まだまだ先のことになるが着実に人気者になっていった。
さて、「21年度プロレス大賞」の年間最高試合賞(昨年2月12日、日本武道館の潮崎豪とのGHCヘビー級選手権)に輝いた武藤の授賞式が、2月8日に執り行われた。
武藤はトロフィーを贈呈され「あっ、重い」。そして、賞金を受け取ると「あっ、これは軽い」と軽口を叩くなど〝絶口調〟。
しかし、「俺、今から欠場の記者会見しなきゃならない」と言い、「(潮崎戦を含めた)こういう試合で無理がたたって今に至るのかな、なんて…」と告白した。
会見では左股関節唇損傷での長期欠場と、丸藤正道と保持していたGHCタッグ王座の返上が発表された。
武藤は、「現役続行は俺が決めること」と語気を強め復帰に意欲的だったが、フォトセッションのため壇上から降りるときに左足のヒザを曲げることができず辛そうな表情。
無理をしてほしくないのが人情だが、果たして…(敬称略)。












