【龍魂激論⑨中編】高田延彦氏が明かす新弟子時代の“幻の角界入り”秘話

2021年01月13日 16時00分

【写真上】高田(左)のハイキックが北尾にサク裂(92年10月23日、日本武道館)【写真下】全日本マットで天龍は輪島に厳しい攻めを見せた(88年4月、愛知県体育館)

【天龍源一郎vsレジェンド対談「龍魂激論」(9=中編)】ミスタープロレスこと天龍源一郎(70)がホスト役を務める「龍魂激論」に元プロレスラーでRIZINキャプテンを務める高田延彦氏(58)を迎えたスペシャル対談。1996年に2度実現した伝説の一騎打ちを振り返った前編に続き、中編ではそれぞれが死闘を展開した大相撲の元横綱勢について熱く語り合った。高田氏の口からは、新日本プロレスの新弟子時代にあった“幻の角界入り”秘話が――。

 天龍 高田選手は新日本プロレス入門後、相撲部屋に行かされそうになったと聞いてます。

 高田氏(以下高田)2週間で逃げました。苦労して新日本プロレスに入ったと思ったら、ある先輩が「お前は相撲に行ったほうがいい。プロレスじゃ稼げない。相撲に行けばいいところまで行くから、一度ちゃんこを食べに行こう」と、ある相撲部屋に連れて行かれたんです。

 天龍 へえ。

 高田 それで何度かちゃんこを食べに行っているうちに、先輩が「お前、荷物を準備しろ」と言うわけです。大先輩だから「ノー」とは言えない。おかみさんから浴衣の生地をいただき、まわしを締めて四股を踏んだり…。稽古内容はまだお客さん扱いだったんですけどね。結局、2週間しかいませんでした。

 天龍 災難でしたね(笑い)。相撲部屋独特のびんつけ油のにおいと、ちゃんこに使うニンニクのにおいがキツかったでしょう。

 高田 それよりも大部屋に寝かされ、私の倍以上もある力士たちとの共同生活に戸惑いました。私は17、18歳でしたけど、後から入ったものだから、15歳か16歳の先輩らしきあんちゃんに「おい、高田。あれ買ってこい」とか命令されるわけですよ。ようやく(アントニオ)猪木さんのところに入れたにもかかわらず、なぜか相撲部屋にいるわけです。「俺は何でここにいるんだろう? プロレスに入ったはずなのに」と毎晩泣いていました。

 天龍 俺も入門当時は「ここは俺のいる場所じゃない」と思って毎日泣いてましたよ。よく戻れましたね。

 高田 先輩たちが心配して連絡をくれたんです。やりたくないんであれば、何とか帰れる余地をつくると。私は「帰りたいです」と即答して荷物をまとめて新日本の道場に戻りました。

 天龍 いやあ、ドラマだねえ。

 ――相撲部屋に残っていたら出世したかも

 高田 それは分からない。厳しい世界ですから。でもその後、若いお相撲さんとカラオケに行ったんです。私の勝手なイメージで演歌しか歌わないと思ったら、ポップスなんかをシャウトしながら歌うんですよ。あれで私が抱いていた「お相撲さんは堅物」というイメージが消えました。相撲部屋に入れられた当時、それに気がついていたら相撲部屋に残っていたかもしれません(笑い)。

 天龍 そうなったら歴史が変わったかもしれないですね。

 ――お二人とも元横綱に勝っている 

 高田 天龍さんは(故人の元横綱)輪島(大士)さんとの攻防ね。本当にひどい人だと思いました。

 天龍 フフフ…。

 高田 我々もハードにやっていたけれど、これは超えていると。「何じゃ、こりゃ?」と思いましたよ。とにかく、がっつり相手を削っていく。この人には太刀打ちできないわという意識を植えつけていくスタイル。相手は怖かっただろうね。

 天龍 元横綱だったらプロレスラーの攻めはしのげるだろうと思っていったんだ。高田選手も分かると思うけど、相撲取りは追い詰められないと力を出さないんですよ。まあ、ムクッて起きてきた輪島もタフだったな。

 ――高田さんは元横綱北尾光司さん(故人)にKO勝ちした(1992年10月23日、日本武道館)

 高田 天龍さんと輪島さんとは状況やストーリーが違うんですよ。私はあれ1回きりですから。

 天龍 俺たちがドロドロしたド演歌なら、高田対北尾はロックンロールだった。スパッと終わったからね。

 高田 いや、天龍さんと輪島さんは、ド演歌調がまたよかったんですよ。私はプロレスの厳しさを分かってもらいたかった。彼の人間性や人格を否定していたわけではないんです。たまたまうち(UWFインターナショナル)と接点があり、私と戦う機会があった。プロレスの厳しさを伝えたいと思ってリングに上がっただけです。

 天龍 あの時期の北尾選手はどんな感じだったんですか。蹴りを学んでいた最中だったじゃないですか。

 高田 学んでいたようですが、ちゃんと見ていれば当たらない。体も大きいし、こっちにすれば当てやすかった。

 天龍 蹴りは食らううちにダメージが重なるんですよね。高田選手に蹴られた嫌な記憶がよみがえってきたな…。次回は全日本プロレスと高田選手の接点についてお聞きしましょうか。  (明日の後編に続く)

 ☆たかだ のぶひこ 本名・高田伸彦。1962年4月12日生まれ。横浜市出身。81年5月9日の新日本プロレス、保永昇男戦でデビューし、84年に第1次UWFに移籍。崩壊後は新日本のジュニアヘビー級戦線で越中詩郎と名勝負を展開した。88年に第2次UWFに参加し91年にUWFインターナショナルを旗揚げ。総合格闘家としてPRIDE創成期を支え、ヒクソン・グレイシーと2度対戦。2002年11月24日の田村潔司戦で引退した。現役時は183センチ、100キロ。

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