【プロレス蔵出し写真館】前田日明の必殺ニールキックで最弱外国人レスラーが半失神

2020年11月08日 10時00分

前田(奥)のフライングニールキックをもろに浴びたジ・アサシン(1981年10月、蔵前)

 11月3日のゼロワン靖国神社での「奉納プロレス」に特別ゲストとして〝格闘王〟前田日明が来場した。

 ユーチューブ等で前田を見ているコアなファンは別として、選手時代しか知らないファンは久々に前田を見てその巨大化した姿に驚いたのではないだろうか? 

 そんな前田も、今から43年前の1977年、新日本プロレスに入門した時の体重は73キロだったという。

 入門してひと月経って68キロに減り、コーチの山本小鉄に監視されながら食べさせられ、多い時は1食で4合入りのおひつを2つ、計8合を食べたことも。その甲斐あって翌年は20キロ以上増えたと語っていた。

 さて、前田が同期の平田淳二(後の淳嗣=スーパー・ストロング・マシーン)やジョージ高野らと、しのぎを削っていた若手時代から、オリジナル技のフライングニールキックを必殺技としていた。

 前田のニールキックはその長身ゆえに高さがあり、相手に当てるというよりは〝刈る〟という表現がしっくりくる強烈な蹴りだった。
 
 後年、外国人選手が受けるのを嫌がったという逸話があるが、それを如実に物語る試合があった。

 それは81年10月8日、蔵前国技館で開催された「新日本VS国際プロレス全面対抗戦」の第3試合で行われたジ・アサシン戦。

 アサシンは、翌日9日から開幕した「闘魂シリーズ」にも残留して参加した選手で、なぜか10日からティム・トール・トゥリーとリングネームを変更したが、オールドファンには新日プロに過去来日した外国人レスラーの最弱候補として知られる。

 インディアンの恰好で登場したアサシンは、リングコスチュームを脱ぐといかにも線が細くヒョロっとした体型。前田がニールキックを繰り出すと、体を横にして受けようとしたのだが、前田のふくらはぎは首を刈るようにアサシンの左顔面にさく裂(写真)。

 半失神のアサシンを前田がフォールにいくとピクリとも動かない。ピンフォール勝ち…かと思いきや、柴田勝久レフェリーはなぜかカウント2で止めて試合再開。
 
 その後、蘇生したアサシンにトップロープからのフライングボディプレスを浴びて前田はフォール負け。 

 試合後「3カウント入ってたよね?」との問いかけに前田は無言だったが、まさに問答無用の一撃だった。

 前田は翌年、海外初遠征に出発し83年にヨーロッパヘビー級王者として凱旋帰国。4月21日の帰国第1戦でポール・オーンドーフにもニールキックを見舞ったが、正面で受けては危険と思ったのか、オーンドーフはクルっと背中を向けて受けていた。

 その年の「IWGP決勝リーグ戦」ではアンドレ・ザ・ジャイアントやハルク・ホーガンとも対戦し、ニールキックを武器に好勝負を展開した。

 前田は6月9日に、次のシリーズに向けニールキックを改良中として、ダミー相手に練習する姿を本紙をはじめマスコミ各社に公開。ますますこの技に磨きをかけた。

 プロレスには様々な必殺技があるが、前田のフライングニールキックは説得力抜群だった(敬称略)。

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