武藤 悲願のマット界統一組織設立へ“接着剤”になる!

2020年04月20日 16時35分

武藤は強い援軍になるつもりだ

 プロレスリングマスターこと武藤敬司(57)が、マット界の統一組織設立への全面協力を表明した。かつて全日本プロレス社長時代に携わった経験も生かし、自らが“接着剤”になって各団体を取りまとめる。4月からフリーとなり身軽になった天才が、業界の悲願達成に向けて動きだす。

 2013年9月に旗揚げしたW―1は、今月1日の後楽園大会を最後に無期限の活動休止に。会長職を辞した武藤もフリーになったが、新型コロナウイルス感染拡大の影響をもろに受けている。「今は“無職”だよ。アメリカ(での試合)も難しいし、今まで培ってきたルーティンの練習ができねえ。でも、20人の選手社員を養うことを思ったらね。一人で生きていくだけだから何とかなるかなって思いますよ」と語る。

 世の中を暗いニュースが覆いつくすなか武藤が注目したのが、15日に新日本プロレスを中心とした7団体が馳浩衆議院議員(58)に「簡易検査キットの早期普及」と「年間契約している選手の休業補償」を求める要望書を提出したことだ。その席で馳氏から「統一されたコミッションがあると、我々(要望を)受ける方も助かる」と逆提案されたことから、統一組織設立の機運が高まっている。

 これについて武藤は「そういう組織はあっていいよね」と賛同の意を示す。2009年には同様の動きにかかわった。同年6月にノアの三沢光晴さんが試合中の事故で急死したことを受け、当時全日本の社長だった武藤は新日プロ、ノアとの3団体で自民党の会議に出席。森喜朗元首相から「何かしらの協会をつくらないといけない」と提言を受けた。

「だけどその後は、どこの団体も自分のところしか見られなくて、話がなくなったんだよ。たぶん(ジャイアント)馬場さんと(アントニオ)猪木さんの時もこういう話はあったと思うし、藤波(辰爾)さんとジャンボ(鶴田)さんの間でもあったはず。でも実現しなかったってことは、それだけ難しいってことだ。それぞれの団体の思惑ってのがあるから」(武藤)

 そこで生きてくるのが、自分の存在だと自負する。1984年に新日プロでデビューし、各団体に顔が利く重鎮でありながら、団体に束縛されないフリーという立場。また、近年は地方のインディ団体とも独自のパイプを構築していることから「コミッションはあった方がいいし、できる限り協力しますよ。俺なら各方面の“接着剤”になれるから。あの要望書を出したメンバー全員とも悪い関係じゃねえし」と強調した。

 プロレス界にとって、力強い援軍になることは確実。長年不可能と言われたマット界団結は、プロレスリングマスターの“立候補”で新展開を迎えそうだ。