大偉業達成のための条件とは――。WBAスーパー&IBF世界バンタム級統一王者の井上尚弥(28=大橋)が、IBF同級1位マイケル・ダスマリナス(28=フィリピン)との防衛戦(19日=日本時間20日、米ラスベガス)で戦慄の3ラウンド(R)TKO勝ちを収めた。これ以上ない圧勝劇で弾みをつけ、早ければ年内の4団体統一が現実味を帯びるが、まだまだ簡単にはいきそうもない。無敵の〝モンスター〟にも、意外な不安要素が忍び寄っているというのだ。

 圧巻の勝利だった。初の〝聖地〟ラスベガスで有観客試合、そして敵情視察に訪れたWBC同級王者ノニト・ドネア(38=フィリピン)、WBO同級王者ジョンリール・カシメロ(32=同)が見つめる中での一戦。井上は足を使って逃げる相手を強烈無比な左ボディーで計3度のダウンを奪い、勝負を決めた。

 試合後は「いい勝利。今回はラスベガスでの期待感、ドネアとカシメロが見に来ている中でどう自分が出し切れるかが課題だった。1Rで相手の実力、出方を見て早い回でいける確信は持てた」と振り返った。

 文句のつけようのない快勝劇には、大橋ジムの先輩で元WBC世界スーパーフライ級王者の川嶋勝重氏(46)も「2度目のダウンを奪った左ボディーにつなげる右アッパーを強振していた。普通は見せパンチとして軽く打つことが多いが、下のガードがあかないと思ったのだろう。緻密な戦略だった」と称賛した。

 もちろん、目標とする4団体統一へ最高のアピールにもなった。試合前にはドネアとカシメロがWBCとWBOの統一戦を8月に行うと報道され、試合後にドネアも認めた。早くも〝モンスター〟は「ドネアとカシメロの勝者と戦えることのうれしさが何より」と4本のベルトをかけた大一番を見据える。各陣営の思惑や交渉などハードルはあるが、年内に世紀の大一番実現の期待も膨らんでくる。

 その一方、開催時期が先延ばしになれば、不安要素も出てくる。井上はバンタム級に転向し最初に試合を行った2018年5月から3年が経過した。減量苦から解放されパワーを存分に発揮してきたが、今回の米国出発前には「減量がちょっとずつきつくなってきた」と通常体重の約62キロから53・5キロへ落とす作業に変化があることを口にしている。

 これを肉体の維持管理に詳しい専門家は〝危険水域〟だと指摘する。「普段からそれほど肥満ではない選手が10キロ近く減量するのは過酷です。皮下脂肪などが少ない状態で減量が進めば、体の大切なインフラである血管壁の細胞の脂肪まで燃やすことになる。格闘技はこれに外傷、さらに直接殴るだけでなく回転や加速度によるねじれが加わり結果、脳損傷が蓄積されていく」と話すのは脊椎外科医でボディービルの世界大会で優勝した経験を持つ浅見尚規氏だ。

 そのため医学的観点から「ボクシングは加齢とともに危険極まりない要素がある。井上選手の場合はまだ若いですが、今後のことを考えればすぐにでも階級を上げることも必要なのではないか」との見解を示した。

 元WBC世界フライ級王者の比嘉大吾(25=Ambition)は2018年4月のV3戦前、大減量で体に変調をきたし、前日計量で失格。王座を剥奪された例もある。そこまで深刻とはいえないまでも、今後はこうした不安が浮上してくる可能性は十分あるのだ。

 将来的にはモンスターも1階級上のスーパーバンタム級への転向を視野に入れている。バンタム級での4団体統一がかなうかは〝時間との闘い〟にもなりそうだ。