バルセロナ五輪柔道銀メダルでプロレスラーとしても活躍した小川直也氏(58)が、節目の年を迎えている。主宰する小川道場は開設から20年となり、来年にはプロデビュー30周年を控える。18年6月にリングを去った〝元暴走王〟が、引退後の「現在地」について語った。
12、13日に開催された「無心塾主催2026・秋季柔道教室・柔道強化錬成会」(茨城・水戸市のアルテンジャパン武道館)に、小川道場の生徒を引率して参加した。同錬成会のアドバイザーを務めており、13日は五輪連覇の大野将平氏(現旭化成コーチ)の柔道教室を見守った。
錬成会には2日間で延べ1300人の少年少女が参加。田所嘉徳復興副大臣をはじめ、水戸市長ら地元関係者も来賓として訪れた。民間団体主催の少年少女向け柔道教室・錬成会としては異例の規模だ。錬成会は勝ち抜き方式の大会ではなく、子供たちが一日に何試合も経験できるのが特徴。勝敗だけにこだわらず、試合に慣れ、失敗から学ぶ機会を増やすことを目的としている。こうした形式には小川氏が少年柔道に携わってきた20年の「思い」も関係している。
小川氏は現役プロレスラーだった2006年4月に、小川道場を開設した。18年6月のプロ引退後、正式に指導者として柔道界に復帰したが、少年柔道に携わってから20年がたち「教え子たちが(長男の)雄勢の次に、次々と活躍し始めている。何とも言えない感覚だよ。これが指導者なのかなっていう感覚かな」と話す。
4人の高校王者を出すなど20年の成果についても「最初は自分の思いでやっていた。それが20年たって、今度は結果として表れている。ひと通り結果が出たところで『やり方に間違いはなかったかな』というのは自分の中ではあるよね」と手応えを口にした。
自身の道場を開いた際の理念はブレていない。「柔道でチャンピオンを何人育てたかなんて、オレにはどうでもいい話。柔道はもちろん、柔道以外の世界でもチャンピオンを取ってほしい。社会に出ても耐えられる強い心、タフさを育てる。それがもともとの思想だった」。シニカルで言いたい放題だったプロレス時代と打って変わって、口調は熱い。
だからこそ、現状への不満も募る。全日本柔道連盟は22年、過度な減量などに象徴される「行き過ぎた勝利至上主義」を理由に、小学5、6年生が個人戦で日本一を争った全国小学生学年別大会を廃止した。小川氏は大人の過熱を理由に、子供が勝敗を経験する機会まで失われたことを問題視。「理由がよく分からない。体重が問題なら無差別級にすればいい。負けて何が悪い?」と疑問を呈する。
自身は92年バルセロナ五輪で金メダルを期待されながら、決勝でハハレイシビリに一本負け。試合後の会見では「完敗です」とだけコメントして席を立ち、大バッシングを浴びた。「オレの時は国賊みたいに言われたけど、腹の中では『何で悪いんだよ』と思ってた。精一杯やって負けたらいいじゃん」と振り返り「柔道界だって『負けも大切』って言ってる。それを言ってるのに、何で勝ち負けの試合をなくすのかな」と強調する。
日本柔道界への危機感もある。「フランスに逆転されて当たり前だよ。柔道を好きな人が少ないもん。柔道関係者でも『本当に柔道が好きなの?』という人が、いっぱいいる。柔道を上から目線で見ている人が圧倒的に多い。オレに言わせれば柔道をナメているよ」
かつてプロレス界の第一線で暴れ回った〝暴走王〟は今、少年柔道の現場から日本柔道の裾野を支えている。














