巨人・澤村の孤立を招いた〝はり騒動〟 電撃トレード放出の伏線

2020年09月07日 17時08分

ロッテに電撃トレードとなった澤村。放出の伏線は…

 巨人は7日、澤村拓一投手(32)とロッテの香月一也内野手(24)のトレードが成立したと発表した。澤村は7月26日に登録抹消となり、一時は三軍で調整し、再起を図っていた。とはいえ、過去には新人王、セーブ王のタイトルも獲得した実績者。放出に至った裏側にはどんな事情があったのか。

 2010年のドラフト1位で入団した澤村は、当時の清武球団代表が導入した数値による新評価システムにより、最高評価を得て指名された。ファンの間では早大・斎藤佑樹(現日本ハム)を望む声も多く、また原監督は同じ早大の大石達也(元西武)を推したが、フロント権限で押し切った。ドラフト直前には「巨人以外ならメジャー挑戦」との報道も出るなど、半ば〝逆指名〟での入団だった。

 そうまでして強引に獲得したドラ1投手を巨人が他球団に出すのは、それ相応の理由がある。球団と澤村、双方に決定的な亀裂が入ったのは17年の通称〝はり騒動〟だ。澤村は2月に球団トレーナーから受けた〝はり治療〟が原因で肩を痛めたとして、球団を相手に訴訟をちらつかせた。
 
 これに驚いたフロントは読売本社サイドと相談。実際のところ、はり治療が原因の不調とは判然としないにもかかわらず、事態を穏便に済ませるために当時の社長、GMが謝罪してしまった。結果的に澤村の推定年俸1億5000万円は翌年も据え置きとなった。

 この対応に怒ったのがナイン。主力選手の多くは澤村がはり治療以前から肩の不調を訴えていたこと、加えて精神的なことからくる制球難に悩み、お手上げ状態だったことを知っていた。それだけに立場の弱い裏方スタッフに不振の責任を押し付けるような格好になったことに一部選手は激怒。以降、親身に付き合う関係者はほぼいなくなり、チーム内での居場所はなくなっていった。

〝はり騒動〟は球団と読売上層部に恨みに似た感情を残した。ただでさえ、過去には六本木で暴行事件を起こし、交通人身事故後のまずい処理などもあって球団内の澤村に対する印象は悪かった。そんな状況で「実力至上主義」の原監督が入団以来最大の理解者であり、後見人だったのだが…。

 澤村は球団を通じて「監督、コーチ、選手、チームスタッフ、読売巨人軍にかかわるすべての関係者の方々、そして全国のジャイアンツファンの皆様、これまで応援していただきありがとうございました。マリーンズに移籍しても、成長し、元気な姿を1人でも多くの方に届けられるよう頑張っていきます。9年半、本当にありがとうございました。また、球場でお会いしましょう」とコメントした。