【高橋雅裕 連載コラム】ロッテに歴史的な「0-26」の大敗 いつ終わるんだ、というより…

2020年07月22日 11時00分

楽天はロッテに屈辱の歴史的大敗を喫した

【高橋雅裕「道なき道の歩き方」(10)】楽天のコーチ時代が一番つらかったですね。勝てないですもん。2004年オフに新規球団が立ち上がり、田尾安志さんが監督になられた。横浜時代の先輩の山下大輔さんがコーチをやられるということで電話をいただき、即決ですよ。一軍守備走塁コーチとしていばらの道は覚悟の上、楽しもう、くらいに思っていました。実績あるメンバーはいても選手は寄せ集めだし、強いか弱いかと言われればおそらく弱い。これを強くするにはどうすればいいのか、というのを考えましたが、まあ苦しかったですね。

 公式戦初戦のロッテ戦は岩隈久志で勝てたものの、3月27日の2戦目は先発藤崎紘範で0―26と歴史的な大敗。いつ終わるんだ、というより「はよ終われ」でした。そんなこと思っちゃいけないんだろうけど、プロ野球の世界って「この試合は絶対に勝てない」という試合はある。そのうちの1つですよ。何とか悪あがきしろ、何とか1点取れ、と現場サイドからしたら言いますよ。プロとして、来てくれているお客さんにこんな試合を見せるわけにはいかないから、何とかしようと言いますよ。でも無理ですもん(笑い)。

 東北のファンがものすごいサポートしてくれるのはわかっていても、現実として考えたらこんな試合はプラスに働かない。なら早く終わらせた方がいいんです。とはいえ、2回途中で藤崎が炎上したからといって次の投手を出せない。勝てる投手をすぐ出せない、となると別の投手を出してもっとやられることになる。負の連鎖でしかない。

 選手もきついけど、僕らもきつい。考えてやれるようにしたくてもそのモチベーションが上がらない。だから早く終わらないといけないのに打たれ、走られ、またかい、またかい(笑い)。西岡剛なんか出塁したらすぐ走るし、三盗ですよ。けん制しろといってもやらないし、やっても引っかかるわけない。そんな状態でした。

 一打席一打席、一球一球を追って洗い直しても仕方ないし、個人の成績にもかまっていられない。いかにエラーを減らし、三振を減らし、盗塁、ヒットの数を増やせるか。チームプレーをできるようにするため、ルーキーだって使える選手は使いましょうってコーチ陣に言っていました。でもケガで使えないとか、松井優典ヘッドに反対されたり、山下さんに「あわてるな」と言われたり…。先を見据えていかないといけないのに…。来年もベテランに頼っているわけにはいかないでしょって。ベテランはチームが競ったときに強いけど、そもそも競らないですから(笑い)。田尾さんは苦労されたと思います。

 その年は100敗するんじゃないかって周囲に言われ「そんなもんするわけねーわ」が僕の本心でした。横浜にいたころだって言われていたし、それはないと思っていた。でも終わってみれば97敗でギリギリだった(笑い)。いい経験でしたね。

 

 ☆たかはし・まさひろ 1964年7月10日、愛知県豊明市出身。名古屋電気(愛工大名電)で1981年夏の甲子園大会に出場。82年のドラフト会議で横浜大洋に4位指名され、入団。内野手として88年に全試合に出場。88年から89年にかけて遊撃手の連続無失策(390連続守備機会)を記録した。96年オフにロッテに移籍し、99年に引退。2000年からロッテ、楽天、横浜で守備、走塁コーチを歴任した。11年には韓国・起亜、16年から4年間はBCリーグ・群馬でも指導した。現在は解説者や少年野球の指導にも当たっている。