オレ流野球 超強いのになぜかファン離れる

2020年05月22日 11時00分

落合監督時代には空席が目立った本拠地

【球界平成裏面史(29) 2011年中日落合監督解任騒動(1)】平成23年(2011年)9月22日、2位・中日は4・5ゲーム差で追う首位・ヤクルトとの勝負の4連戦をナゴヤドームで迎えたが、その大一番を前に衝撃のニュースが飛び込んできた。中日が落合博満監督の退任と新監督にOB高木守道氏の就任を発表したのだ。表向きは退任となっているが、事実上の解任である。

 発表会見には退任する落合監督、高木氏の姿はなく、佐藤良平球団代表が「(落合監督が)野球殿堂入りされ、節目の年なので。一度新しい風を入れたい」と説明した。ただ新任の高木氏はすでに殿堂入りをしており、当時70歳で2度目の就任。「新しい風」には違和感を覚える関係者も多かった。また首位攻防直前の発表に、ネット媒体を中心に「ヤクルトにこれ以上肉薄したら発表しづらくなるから」などという臆測も流れた。異例尽くしの“解任劇”はどのようにして起こったのか。

 契機となったのはこの年の3月、中日新聞社常務取締役の坂井克彦氏が西川順之助氏に代わって新球団社長に就任したことだ。坂井氏は後に中日新聞社の社長となる小出宣昭氏(現顧問・主筆)と最後まで社長争いをしていた大物。中日のオーナーである白井文吾中日新聞社会長に近く、物が言える人物だった。

 就任7年ですべてAクラスを確保、3度のリーグ優勝、日本一1回とずばぬけた成績を残してきた落合監督。ただ観客動員には反映されず、10年はリーグ優勝を飾ったにもかかわらずナゴヤドーム開場以来初めてホームゲームで220万人を割り込んだ。

 当時、パ・リーグを中心とした球団がファンとの距離を近づけ、集客につなげようとしていたが中日だけは逆行。「勝つことがファンサービス」と公言する落合監督の方針もあって「選手に負担をかける」とファンとの交流はほぼなし。地方球場はグラウンドの状態がよくないところも多く、選手の故障の可能性があると「ちょっとでも雨が降ろうものならすぐに中止にしてしまう」(中日関係者)。ナイター翌日のデーゲームは負担がかかるからと、ナゴヤドームだけは午後3時スタートと徹底的に現場優先を貫いた。試合後の報道陣へのコメントはほぼ一言。ファンに向けたサービス精神はみじんもなし。選手起用で若手を使うことはなく、ベテラン、外国人、移籍選手を重用。これではファンが離れるのも当然だろう。

 一方で落合監督の年俸は「Aクラスで2000万円アップ」「優勝で5000万円アップ」の出来高、さらに出来高分を翌年の年俸に反映させる契約で、3億3000万円まで膨れ上がり、財政的に大きな負担ともなっていた。

 中日の将来を憂う関係者にとって“落合下ろし”は長年の悲願。そんな中で中日新聞社の中枢にいた坂井社長の就任で“反落合派”が沸き立ったのは当然の流れだろう。ただ当初、坂井社長は落合解任には積極的ではなかったという。「こちらはいかに落合ではダメかという話をする。ちゃんと話は聞いてくれる。ただ同意はしてくれないんだ」

 そんな坂井社長が「この人じゃダメだ」と落合監督の解任に大きくかじを切ることになる。きっかけとなったのは、落合監督が坂井社長に発したある言葉だった。