王貞治会長が明かす「ホークス監督誕生」の真相

2019年05月01日 11時00分

色紙に「もっと高く」としたためた王会長

 プロ野球のソフトバンクの前身、ダイエーホークスが九州に本拠地を移転したのが平成元年の1989年。今年は「ホークス九州移転30周年」の節目の年となっている。現在は5年で4度の日本一に輝くなど、すっかり常勝チームとなったが、契機となったのはやはり1994年オフの「王監督誕生」だろう。昭和で不滅の本塁打記録を打ち立てた「世界の王」はなぜ、九州の地を踏んだのか。王貞治球団会長(78)が本紙の独占インタビューに応じ「100人が100人反対した」という当時の真相を明かした。

 王監督が誕生した当時、ホークスは17年連続Bクラスと低迷していた。それまでの監督は「球界の寝業師」との異名を持つ根本陸夫氏。88年のシーズンをもって巨人監督を解任された王会長は、根本氏からこんな言葉をかけられたという。

「根本さんは自分が監督になった年(93年)から僕に声をかけてきてね。『根本さん、今年、自分が監督になったばかりじゃないですか』という話もして最初は断ったんだけど。今年から監督を始めた人から『やってくれ』と言われても冗談だと思うよね。最初は受ける気がなかったですよ」

 この時はユニホームへの未練はなかった。それが気持ちが揺れ動いてきたという。

「また次の年も『オレのあとをやってくれ』と言われてね。ちょうど(巨人の監督を辞めてからオファーまで)5年くらい離れていたのかな。離れたときは二度とユニホームを着る気はなかったんだけど。だんだん日にちがたってくると、なんと言うのかな、あの“ときめき”というかね。感動とか。ずっと長い間、輪の中にいたから、それが当たり前になっていたものが、外れたら外れたで物足りないんだよね」

 しかし、当時は現在よりもパ・リーグの人気がない時代。「巨人の王」が他球団のユニホームを着ることには、大きなインパクトがあった。

「そこは僕はね。あまり考えるタイプじゃなくて。過ぎたことは全然気にしないタイプなんだよね。みんな僕の知り合いは100人が100人反対したけど。そんなわざわざ福岡まで行くことないじゃないかと。でも僕は野球をやりたかった。今でも僕は福岡に来て良かったと思ってますよ」

 周囲の反対を押し切っての決断。ほかにもヤクルト、横浜、西武、日本ハムなど複数の球団が招聘に動いたとされるが、なぜホークスだったのか。

「実際は、それまでも(他球団から)声がかかったことはありましたよ。でも、そのときは自分自身も監督をやろうという思いはなかった。確かに、これが(巨人に近い)東京のチームだったら受けにくかったというのがあるかもしれない。パ・リーグで東京から離れた九州だったということで、僕自身受けやすかったというのがあるよね。オファーを受けている中で、だんだん野球をやりたい気持ちが出てきた。2年目(94年)はそういう話が来た中で真剣に考えた。僕もそういうことで『根本さんにそこまで言ってもらえるんだったら』と野球をやりたくなった。タイミング的にも良かった」

 こうして誕生した「王ホークス」。だが、当時はBクラスからなかなか抜け出せず、怒ったファンがチームバスに生卵を投げつける(96年)という屈辱的な事件が起きるなど、苦しい時期もあった。

 それでも王会長は「卵を投げてくれた人たちは、それだけ南海ホークス時代からのファンなんですよね」。卵を投げたファンに「喜んでもらえるように」とチームに奮起を促した。

「勝てなかったときというのは、勝てない原因が分かる。それを埋めていくというか改善していく。負けたらどうしようかと。僕は(ダイエーオーナーの)中内さんが勝てないのに5年も根気よく使ってくれた。だから中内さんには感謝してますよ。(ソフトバンクオーナーの)孫さんにもそうだけどね。4年目(98年)に5割となって(開幕試合の)開催権は取れなかったけどオリックスと同率(3位)だった。やっとかなという中でそれがつながっていったよね」

 だが、王会長が考えるホークスの一番の「転換期」は自分ではないという。

「僕は一番大きかったのは平和台からこちらに変わったこと(93年)だと思う。平和台でやっていたのが、ここ(ヤフオクドーム)でやるようになって、選手たちが大きなものにチャレンジするということが可能になった。広島もそうですよ。今の球場に変わって、すごい大きな野球ができるようになったでしょ。多分、ダイエーホークスもこのドームでやることで、チャレンジしようと。そういうことが一大転機になったと思うね。選手たちも目をつり上げて、相手に勝つだけではなく、技術的なものを向上させられたんじゃないかな」

 99年には球団創設11年目にして初のリーグ優勝、日本一。そして2000年には「ONシリーズ」が実現した。根本氏は王氏を福岡に呼んだ時から、このON決戦を想定していたという。

「根本さんもそういう形で、長嶋さんがセントラルだから王はパ・リーグで、そうなればONシリーズ、ON対決となれば、と思ったんじゃないかな。ただ、6年かかっちゃったけど、こればかりは片方だけというわけにはいかないから。そういった意味では原監督と工藤監督でホークスとジャイアンツの日本シリーズを実現してほしいね」

 この00年を最後に、巨人とホークスの日本シリーズは行われていない。往年のファンにしてみても、王球団会長と長嶋終身名誉監督による「令和のONシリーズ」を見たいところだろう。