15年夏の甲子園…運命に引き寄せられた親友対決

2018年08月21日 11時00分

駒大で再びチームメートとなった鈴木(左)と上野

気になるアノ人を追跡調査!!野球探偵の備忘録】2015年夏、かつてバッテリーを組んだ2人は、敵と味方として聖地・甲子園で再会を果たした。現在は駒沢大で再びチームメートとなった上野翔太郎と鈴木大智が“親友対決”のプロローグと、いまだ終わらないあの夏のドラマの続きを語った。

「実は『甲子園で会おう』とはひと言も言ってないんですよ。『(試合を)やれるとしたら甲子園だね』と話しただけで。もちろんやりたい気持ちはあったけど『甲子園で会おう』は何というか、さすがに気持ち悪いじゃないですか(笑い)」

 地元愛知を離れ、関東第一に進学する際、上野と交わした“約束”を鈴木はそう振り返る。2人の出会いは小学校6年のとき。12球団ジュニアトーナメントの中日ドラゴンズジュニアに揃って選出されたことがきっかけだった。

「それまでも対戦はしていたけど、大智のチームは正直そんなに強くなくて、その中に一人ずばぬけたやつがいるなと。闘争本能むき出しで、死球を当てた相手に向かっていくほどギラギラしたやつでした(笑い)。強いところだったらもっと勝てるのにと思って、自分から声をかけたんです」

 上野の誘いで強豪シニアに進んだ2人は、程なくしてバッテリーを組んだ。何よりも勝ち負けにこだわる性格同士、気づけば無二の親友になっていた。ともに地元の名門・中京大中京に進むつもりだった上野に対し、鈴木は悩んだ末に関東第一への野球留学を決意。両校は例年練習試合を組んでおらず「やるとしたら甲子園」が2人の合言葉になった。

 迎えた3年夏、関東第一と中京大中京はともに甲子園出場を果たす。対戦校は1試合ごとにクジで決める方式。3回戦、運命の糸が再び2人を引き合わせた。

「正直、僕はやりたくなかった。やっぱり一つでも勝ちたいじゃないですか。強いところ同士で潰し合ってほしかったのもあって、いろんな意味で『マジかよ』という感じでした」(上野)

「僕は楽しみでしたね。僕自身、愛知を出て関東第一に来たので、愛知代表とやることで自分の選択が正しかったのか確かめたかった」(鈴木)

 両者の思いが交錯する中、息詰まる投手戦で幕を開けたドラマは7回に最大の見せ場を迎える。0―0、二死一、三塁で打席には鈴木。11球粘りフルカウント、思わず目の合った2人は笑みを浮かべる。「『いつまで粘るんや』と思ったら、笑えてきた」(上野)。12球目のストレートにバットは空を切った。「気持ちよかったですね。人生で一番気持ちのいい三振でした」(鈴木)

 直接対決では上野に軍配が上がるも、試合は9回、関東第一のサヨナラ本塁打であっけなく幕を閉じた。時は流れ今、大学で再びチームメートとなったのはまったくの偶然だった。それぞれ、あの夏の前には進路を固めていたという。晴れて同じユニホームを着た2人だが、大学ではレギュラー奪取に苦闘の日々。バッテリー再結成はもう少し先だ。

「今3年なんで、自分たちの学年で大智と日本一になりたい。やっぱり自分らの代というのは特別なんで」(上野)

「鈴木と上野の年はダメだったとは言われたくないですから。僕らが入ってから日本一は一度もない。最終学年では2人で頂点を目指したいですね」(鈴木)

 最初のバッテリー結成から間もなく10年。「2人で日本一」を新たな合言葉に、筋書きのないドラマはまだまだ続く。