
【異業種で輝く元プロ野球選手】オリックスの本拠地・京セラドームのお膝元である大阪市西区。しゃれた飲食店や高層マンションが混在する街の一角に客足が途絶えない小さな食パン専門店「成り松」がある。
約5坪の店内に入ると、視線の先には職人が丹精込めて焼き上げた食パンがズラリと並ぶ。
「うちはパン屋でも食パンだけ。これ一本で勝負しているんですよ」
笑顔でこう話すのが店主であり経営者でもある吉川勝成さん(40)。近鉄、オリックスでプレー経験のある元プロ野球選手である。
「パンは腕利きの職人さんに心を込めて作っていただき、店舗販売は女性店員に任せています。私はあくまで裏方。この体格ですから(183センチ、85キロ)、表には出ない方がいいと思いますしね(笑い)」
1999年のドラフト9位で近鉄入り。下位指名ながらも9年間、主にリリーフ投手としてプロのマウンドに立ち続けた。そんな選手がなぜ食パン専門店の道に進んだのか。きっかけは、現役引退から6年がたった2014年夏のことだった。
当時、すでに焼き肉店「勝」を経営していたが、徐々に「焼き肉だけでなく、他の分野にも挑戦したい」という気持ちを抱くようになったという。そんな折、脳裏に浮かんだのが大好きな食パンの専門店だった。
「私は根っからのパン好きで、特に当時は10年来の知り合いの職人が作る食パンの味がたまらなく好きだったんです。そこで、その職人にある夜、連絡を入れ『一緒においしいパンを作りませんか』とお願いしたんです。本当に一からのスタートだったのですが、不安というよりは絶対においしいパンを作ろうと。その気持ちだけで始めましたね」
好物とはいえ、オリジナルの食パンを簡単には作れない。ここから職人との長くつらい試行錯誤が始まった。
理想に掲げたパンは「誰もがまた食べたくなる食パン」。北海道産の生クリームと厳選した素材の量を微調整しながら職人らとともに最高の味を模索した。連日、パンを焼いては味を確かめ改良する作業の繰り返し。食パンの「食べ過ぎ」で85キロだった体重はすぐに90キロに増加したが、「体のことよりも風味や食感で妥協したくはなかったので」。添加物や保存料は使用しない。アレルギーを避けるため卵も使わない徹底した原料への「こだわり」。こうした努力と誠意の結果、15年春、自らが納得する逸品を誕生させた。
15年4月に現店舗をオープン。以来、1・5斤(1本)600円の食パンは耳までやわらかい独特の食感と味覚で地元で愛され続けている。15年11月には本店から徒歩約10分の場所に2号店をオープン。2年たった今も両店舗合わせ1日200本近くを売り上げる。
「工場のキャパや職人さんが作れる量が限られるため、営業時間内に売り切れてしまうこともあり、お客様にはご迷惑をかけることもあります。でも、手間暇をかけてでも、おいしい食パンを提供し続けたいので。今後もその気持ちを忘れず、いろいろなことにチャレンジしていきたい」
野球界から巣立った食パン界の風雲児は飽くなき夢を追求する。
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