【遠い渚/トレイシー・ソーン(1982年)】
前回に紹介したベン・ワットのパートナーで、後にエヴリシング・バット・ザ・ガール(EBTG)を結成するトレイシーのデビューアルバム。ベンの「ノース・マリン・ドライヴ」と対をなしつつ、1980年代前半のネオアコブームの中軸となった名盤である。
A①「スモール・タウン・ガール」の題名通り、アルバムを通して英国のどこかの小さな街にいる、しかし感受性の強い繊細な少女の日常が美しいアコギに乗って淡々と歌われる。マリン・ガールズの仲間であるジェーン・フォックスが描いた淡い水彩画のジャケットも素晴らしい。
「シンプリー・クドゥント・ケア」「シースケープ」と穏やかな歌声が続いてA面はヴェルヴェット・アンダーグラウンドの「運命の女」で締めくくられる。同曲は多くのアーティストにカバーされたが、これほど邪気がなく率直かつ美しいバージョンは存在しない。
B面に入っても「ドリーミー」「プレイン・セイリング」と軽くエコーのかかったボーカルと繊細なアコギナンバーが続き「幸せすぎて」でアルバムはあっという間に終わる。わずか23分。しかしファンやミュージシャンの圧倒的な支持を得て83年にはインディーチャート1位を記録した。
トレイシーは同時進行していたマリン・ガールズでも83年に「けだるい生活」をリリース。ザ・ジャムを解散したばかりのポール・ウェラーをも熱狂させ、84年にはスタイル・カウンシルのデビューアルバム「カフェ・ブリュ」では「ザ・パリス・マッチ」でゲストボーカルを務めている。同年からはベンとのEBTGの活躍に専念し、世界的なバンドとなっていく。しかしすべてはこの小さな名盤から始まっていたのである。












