【プロレス蔵出し写真館】〝邪道〟大仁田厚はまだまだ元気なようだ。1月18日に広島で行われた「広島プロレスフェスティバル」で、テーブルパイルドライバーを仕掛けたものの、机の脚が斜めに曲がって首から落ちて動けなくなり、心配されていた。

 その後、5月に大阪・茨木市で〝吊り橋〟プロレスに参加して学生プロレスとコラボ。6月にはバリアフリープロレスHEROでFMWの盟友だった保坂秀樹らの追悼試合に出場した。7月26日には新潟で電流爆破マッチが予定されている。

 引退から復帰を7度も繰り返した大仁田だが、FMWで2度目の復帰をした際(通算3度目)はずいぶん気を持たせていた。

 今から31年前の1995年(平成7年)5月5日、川崎球場でハヤブサと引退試合を行った大仁田は、控室で涙を流してハヤブサにFMWを託した。感動的な光景を演出した。

 もっとも〝復帰の噂〟は根強くささやかれ、翌96年になると、さらにその声は強くなった。

 2月5日、東京プロレスの後楽園大会に現れた大仁田は、石川敬士の控室に直行して約15分の会談を持った。「3億円ベルト争奪戦への出場を打診されていたけど、リングに上がる気持ちはないと伝えた」と大仁田は報道陣にキッパリと断言した。

 第5試合の青柳政司 vs 伊藤力雄を観戦するためリングサイドに陣取った大仁田は、館客から辛らつなヤジを浴びた。

「嘘つき!」「帰れ!」コールが巻き起こったのだ。表情を硬くした大仁田はそそくさと席を立ち、会場を後にした。

 さて、大仁田は復帰を否定していたが、長年抗争を繰り返した宿敵のミスター・ポーゴが行動を起こす。

 2月16日、FMWの熊本大会に登場したポーゴはリッキー・フジをKOした後、「大仁田厚がいねーから、オレの相手がいねーんだよ。てめーらみてえなFMWなんか…クソ食らえだ!」。そう絶叫したのだ。

 ポーゴが大仁田の名前を出したことで、〝大仁田復帰〟の疑念が強くなっていく。

 FMWを託されたハヤブサはケガに泣いていた。「左上腕三頭筋皮下断裂及び左遅発性尺骨神経麻痺」で翌シリーズを全休して手術することを決意。入院先の病院で、「選手間でも帰って来てほしいと思ってる人はいないでしょう。復帰させるために頑張ってきたわけじゃない」と表情も変えず言い放った。

 FMWの新シリーズ開幕戦が行われた3月15日の札幌大会で、中牧昭二に挑発された大仁田はリングに上がった。〝大仁田劇場〟を終えた大仁田は「オレをリングに戻すなよ。頼むぞ」と田中正人(現・将斗)と中川浩二に涙声でアピールしたが、5月5日、川崎球場での復帰が予想された。しかし、ここではなかった。

 再びポーゴが行動を起こす。会見を開き、なんとヒザの悪化で引退すると宣言した。「引退試合で、最後に大仁田とタッグを組みたい」とまさかの訴え。

 そして、想定外の行動に出る。地方巡業に帯同して、休憩時間にリングに上がると観客に向かい土下座してタッグ結成の熱意を伝えた。まさに土下座行脚を敢行したのだった。

 かたくなに拒否していた大仁田もついには根負けし、11月12日にFMW事務所で会見し、ポーゴとのタッグは拒否するも一騎打ちを行うとして、復帰を発表する。

 そして、26日の後楽園大会でポーゴが大矢剛功、ヘッドハンターズにメッタ打ちにされると、大仁田がさっそうと救出に駆け付けた。ポーゴを救出すると「ポーゴと1回だけ組ましてくれ!」と絶叫。ついに12月11日、駒沢大会で復帰を果たした大仁田はポーゴ、田中、黒田哲広とタッグを結成してテリー・ファンク&大矢&ヘッドハンターズ組と対決した。

 リングに登場して館内に鳴り響く「ワイルド・シング」に待ちわびた(?)札止め超満員、7923人で埋まった館内から大仁田コールの大合唱。試合に勝利した大仁田がリングに残ると、大勢のファンがリングを囲む。そして、かつて恒例だった〝聖水〟パフォーマンスを披露すると観客は大熱狂だった(写真)。

 大仁田は控室で涙ながらにポーゴを抱きしめた。しかし翌97年、ポーゴは何ごともなかったかのように復帰して、あ然としたのを覚えている。

引退するポーゴを抱きしめる大仁田(1996年12月、駒沢)
引退するポーゴを抱きしめる大仁田(1996年12月、駒沢)

 ところで、95年4月にFMWを離脱(後に復帰)したミスター雁之助は、数年前に自身のユーチューブで激しい言葉で、大仁田を糾弾した。

「大仁田さんさ、あなたは誰も復帰してくれって頼んでないのに勝手に自分で復帰したんだろ。自分で決めて自分でポーゴさんに変な芝居させてさ。ハヤブサを潰したのはあなたでしょ」

 学生時代からの親友ハヤブサをないがしろにした大仁田に激怒していた。 天龍源一郎も大仁田の「オレはウソつきだ」という発言に「あの言葉は何なんだ。女の開き直りだ」と不快感をあらわにしていた。

 デイリースポーツの元プロレス担当記者・宮本久夫さんは「復帰しようということ自体が当時は厚かましい話で…。でも引退、復帰を繰り返した人は大仁田しかいないんだから、それで通用したんだからすごいけどね」と振り返る。

 7回も引退、復帰を繰り返した〝稀有な存在〟大仁田を、半ばあきれ顔で称賛した(敬称略)。