ミラノ・コルティナオリンピック五輪フィギュアスケート女子シングルの金メダリスト、アリサ・リュウ(20=米国)の父、アーサー・リュウ氏は、前回北京五輪直後に娘を16歳で引退に追い込んだ理由を「私の過ちだった」と認めた。

 ミシェル・クワン選手のファンだったアーサー氏の影響でアリサは5歳でフィギュアスケートを始めた。7歳にして全米レベルで注目を集め、過去最年少という13歳で全米フィギュアスケート選手権ジュニアクラスを制した。

 そのアーサー氏は反体制派として1989年の六四天安門事件に関与したことから国を追われ、米国に亡命。カリフォルニア州オークランドに移り住み、苦学の末にカリフォルニア大学のロー・スクールを卒業し、弁護士になった。

 米紙USAトゥデイとのインタビューでアーサー氏は、シングルファーザーである自分にとって、アリサを筆頭に代理母を通して生まれた5人の子供たちの育児と仕事の両立は困難だったと告白。

 そんな中、アリサの夢をかなえるため、有名コーチによるフィギュア指導を受けさせるべく、家から遠く離れたコロラド州コロラドスプリングスに娘を一人で送ったことが間違いだったと明かした。

 アリサはコロラドスプリングスでホームシックのため、うつ状態になり、フィギュアスケートを嫌悪するようになって、最終的に北京五輪後、16歳で引退を選択した。

「今振り返ってみると娘をコロラドスプリングスに連れて行き、そこに残してきたことは間違いだった。娘は落ち込み、実家を恋しく思っていた。その時、娘のそばにいてあげられなかった」とアーサー氏は後悔の念を示した。

 四川省出身の同氏は14歳の時、故郷から遠く離れた広州市の寄宿学校に入っていたが、「私は大丈夫だった。だからアリサも乗り越えられると思っていた。しかも、フィギュアを嫌っていたなんて、戻ってくるまで知らなかった」と続けた。

 その後、アーサー氏は娘にフィギュアの頂点を目指すことを望むのではなく、自立することを後押し。アリサは自分の人生を生きたいと考え、父親の過剰な期待から解き放たれると、バレーボールやテニスなど違ったスポーツを楽しんだという

 そんなアリサだったが、2024年初頭のある日、友人たちと同じウインタースポーツであるスキーに出かけた際、フィギュア引退後初めて「アドレナリンが湧き出るのを感じ」、再びリンクに戻ることを決意。それから2年、世界の頂点に立った。

娘の似顔絵を手に声援を送るアリサの父、アーサー・リュウ氏(ロイター)
娘の似顔絵を手に声援を送るアリサの父、アーサー・リュウ氏(ロイター)