バルセロナ五輪柔道銀メダルでプロレスラーとしても活躍した〝元暴走王〟小川直也氏(57)が、自身のYouTubeチャンネル「小川直也の暴走王チャンネル」を更新。〝デンジャラスK〟川田利明(61)との初トークショーで、〝1・4ドーム事変〟の前に師匠の故アントニオ猪木さんから受けた「指令」について明かした。

〝1・4事変〟とは、1999年1月4日新日本プロレス東京ドーム大会で、小川が破壊王・橋本真也を、暴走ファイトで撲殺KO(裁定はノーコンテスト)。試合後に「新日本プロレスファンのみなさま、目を覚ましてください!」とマイクアピールすると、小川のUFO軍と新日本勢による乱闘が勃発した、プロレス史上に残る大騒動だ。

 小川氏と川田は、8月に東京・京王百貨店新宿店で開催された「ANTONIO INOKI EXPO」の特別イベントとしてトークショーを行い、元暴走王は参加者から「デビュー戦で猪木さんから受けたアドバイスは?」と質問を受けた。「何だっけなあ…」と言いつつ、「いつも猪木さんが言うのは『白いキャンパスに自分で絵をかけ』と。『手のひらにお客さんを乗っけろ』と。それしか言われない」と返答。すると「1・4の試合には『指令』があった。その日、大仁田の試合があるから、それを超える試合をやってくれ、と。それは言われた」。普段は語りたがらない1・4事変について自らエピソードを披露した。

 99年1月4日東京ドーム大会へ向けて当時、話題を独占していたのは3度目となる橋本vs小川の一騎打ちではなく、邪道・大仁田厚の新日本初参戦で、邪道は佐々木健介との一騎打ちが決まっていた。小川氏によると「猪木さんは1・4に大仁田の試合を持ってくるのは反対だった」。実際に、猪木さんが当時新日本の渉外担当だった故・永島勝司さんに「何でこんな試合を組んだんだ」と言い、口論になったのを隣で聞いていた。その話し合いが終わったときに、猪木さんから「大仁田の試合を上回る試合をしろ」と厳命されたのだという。

「その時は『オヤジ(永島さん)何、やってんだよ!』と思ったけど…その話が1・4につながるんです」といい、「邪道嫌い」と言われた猪木さんから指令があり、邪道を超えるため1・4事変の暴走ファイトにつながったのだという。

 川田は1・4事変に感想を求められても多くは語らなかったが、〝不穏試合〟については「それはそれなりに対応するのがプロレスラーなんじゃないかなと思う。それができないとプロレスラーじゃない」と話した。これに1・4事変の当事者だった元暴走王は「川田さんはバリバリ対応だよ。全部対応できるから、すごいよ」と付け加えていた。