ミスターは野球以外でも〝風雲児〟だった。巨人の終身名誉監督の長嶋茂雄さん(享年89)の浪人時代や、巨人監督として第2次政権の1999年から2001年まで同球団担当だった元日本テレビスポーツ局プロデューサーの福田泰久氏が〝長嶋伝説〟を明かした。88年ソウル五輪での金メダル剥奪騒動やワニ肉事件など、数々のエピソードを大公開――。
長嶋さんと多くの現場で取材した福田氏は「普通ならご一緒できないような経験をさせていただいた。野球愛、人間愛にあふれる方だった。神のような方と仕事できたことに感謝したい」とし「野球はもちろんだけど、五輪も大好きでカール・ルイスをはじめ各競技のトップ選手と親交を深めていた。すべてのスポーツが好きで、アスリートが大好き、人間味にあふれる方だった」としみじみ振り返った。
そんな福田氏が忘れられないのは1988年のソウル五輪での出来事だ。スペシャルサポーターとして五輪取材を行う長嶋さんを16日間にわたって担当。競泳男子背泳ぎ100メートルで金メダルを取った鈴木大地は、取材エリアでメディア対応を済ませると、ドーピング検査へ向かっていった。すると、長嶋さんはなぜか取材エリアからずんずんと奥へ歩いて行ってメダリストの姿を見つけた。それに気が付いた鈴木がドーピングルームから出てきて、そのままインタビューになったという。
福田氏は「長嶋さんは同郷(千葉出身)の鈴木さんをただ、ねぎらいたかったようだ。規制がそんなに厳しくなかった時代だけど、ドーピングルームは関係者以外立ち入り禁止。入れば不正の疑いがかかる。鈴木さんも、それがわかっていたから部屋から出てきてくれた。結果、独占インタビューが取れた」と振り返る。福田氏が後にスポーツ庁長官となった鈴木氏に、ソウル五輪での出来事を尋ねると「金メダル剥奪されなくてよかったですよ(笑い)」と語ったという。
90年には中畑清氏が司会を務めた番組「熱中宣言」で「プロ野球よ、愛を取り戻せ」というタイトルで長嶋さんをロングインタビュー。そこで〝管理野球〟が主流になりつつある中、野球界に足りないものを「愛」と明言。福田氏は「野球の魅力はホームランだけではなく、三塁打やホームスチールにもあると熱く語ってくれた。いわゆるテイクワンモアベース、何とホームスチールは何回もトライしたという。ホームに滑り込んだ時に打者の広岡さんがバットを振ろうとしていた瞬間の写真を見たから、尋ねたらノーサインだったようだ。それと空振りした時、豪快にヘルメットを飛ばすことで知られていたけど、実は長嶋さんはひそかに練習していたそうだ」などのエピソードを引き出した。
91年に長嶋さんとともに米国タンパで行われたスーパーボウル中継に出掛けた際、日本料理店で食事会。長嶋さんの来店で喜ぶ店主が「珍味」というワニの肉を使った料理をサービスしてくれたが、長嶋さんは「ちょっとトイレへ」と席を立つ際、福田氏に目くばせし、ワニ肉に目線を送ったという。「苦手だったのかな。店の手前もあるので僕に食べてほしいというサインだった」。その後、店主に「どうでしたか? ワニは」と聞かれた長嶋さんは「うーん、いわゆる淡泊な味で…」と答え、おちゃめな対応に、みんなの笑みがこぼれた。
そんな長嶋さんは93年に巨人軍監督に復帰。福田氏も99年から巨人担当プロデューサーとして〝ミスター〟を見てきた。「2000年に巨人が優勝した時、長嶋さんがシャンパンファイトをやるとおっしゃった。もちろん大リーグがやっていたのもあるけど、浪人時代にスーパーボウルなどを取材に行っていた影響だと思った。長嶋さんらしいなと感じた」という。
福田氏は「第1次政権後、長嶋さんの浪人は長かったけど、その時代があったからこそ、第2次政権で数々のドラマがつくられたのかもしれない」と故人をしのんでいた。
☆ふくだ・やすひさ、1957年生まれ。早大卒。81年に日本テレビに入社。五輪や世界陸上、プロ野球などスポーツ番組を35年担当。アナウンス部長やJ1東京V取締役を歴任し、2014年から東京五輪組織委員会に兼務出向。放送部門のヘッドオブブロードキャストを務めた。現在はスポーツジャーナリストとして活動。22年には「WorldCupの記憶」を刊行。自身のサイトで「背広を着た長嶋茂雄さんとの16日間」「プロ野球よ、愛を取り戻せ」「Qちゃんと長嶋巨人」などのエッセーを公開中。















