【橘高淳 審眼(55)】私が審判員として初めて完全試合に立ち会った2022年4月10日のロッテ―オリックス戦(ZOZOマリン)。ロッテ先発・佐々木朗希投手が達成したパーフェクトゲームで球審を務めたことは貴重な経験です。
近年は投手の能力向上が著しく「投高打低」の時代などといわれていますが、以前は「打高投低」の時代が長かった気がします。佐々木投手の完全試合からさかのぼりますと、1994年5月18日に巨人・槙原寛己投手が広島戦(福岡ドーム)で達成した28年前となります。
佐々木投手が史上16人目の完全試合達成者となったわけですが、その前が平成初期の時代です。つまり佐々木投手はNPBでは21世紀初、令和初の完全試合達成投手となるわけです。平成生まれ、21世紀生まれと区切っても初めての達成者でした。
この完全試合達成者を今度はパ・リーグの縛りでさかのぼれば、78年8月31日、阪急ブレーブス・今井雄太郎投手がロッテを相手に達成(仙台宮城球場=現楽天モバイル)して以来となります。そこから数えればパ・リーグから44年ぶり8人目の快挙です。
ロッテ球団所属の投手では73年10月10日、八木沢荘六投手が太平洋クラブ・ライオンズ戦(仙台宮城球場)のダブルヘッダー1試合目で達成して以来、49年ぶり2人目ということです。
当時の報道資料などに目を向けてみると、佐々木投手以前の完全試合達成者15人の中で「佐々木」という名字だけが複数います。大洋ホエールズの佐々木吉郎投手が66年5月1日の広島戦で達成。その佐々木吉郎投手が大洋に入団した際、「同じ姓は2人もいらない」という理不尽な理由で近鉄に移籍した佐々木宏一郎投手が70年10月6日の南海戦で完全試合を達成しています。
東北地方出身者による完全試合達成者という観点では、大洋・島田源太郎投手が宮城県出身で、同じく大洋・佐々木吉郎投手が秋田県出身です。岩手県出身の佐々木朗希投手は東北出身者で史上3人目ということになるそうです。
これだけの大記録を達成すると、過去の達成者も含めていろいろな選手や野球関係者の名前も出てきます。私も佐々木投手の完全試合で球審を務めたご縁で、審判員を引退した後も取材依頼をいただいたり、いい経験をさせてもらっています。
私が初めて佐々木投手の登板試合を担当したのは22年3月27日の楽天戦でした。二塁塁審でしたので、後ろから佐々木投手の球筋をしっかりと見させてもらいました。この試合で佐々木投手は自己最速を更新する164キロの直球を投げています。
結果は6回3失点で勝敗なしでしたが、私の印象としてはすごいボールを投げるんだなということはもちろん、3点を取った楽天打線、プロの打者ってすごいなと思った方が大きかったかもしれません。
そこから1週間後の4月3日の西武戦で佐々木投手は8回3安打1失点、13奪三振でこのシーズン初勝利。さらにその1週間後の10日に快挙達成です。私としては佐々木投手のボールを受けていた捕手の存在も驚異に映りました。












