【昭和~平成スター列伝】ボクシングの元世界ヘビー級王者ジョージ・フォアマンさんが3月21日に76歳で死去した。1968年メキシコシティー五輪で金メダルを獲得し、プロに転向。73年にWBA、WBC世界ヘビー級統一王者ジョー・フレージャーにTKO勝ちし、王座獲得。74年には歴史に残る“キンシャサの奇跡”と呼ばれたモハメド・アリ戦で敗れ、41戦目でプロ初黒星を喫した。77年に引退するも87年に復帰。94年には45歳9か月で世界ヘビー級王者に返り咲き、世界中を驚かせた。
フレージャーから王座奪取後、初防衛戦は73年9月1日に日本武道館で行われている。日本では初の世界ヘビー級王座戦となり世界的話題を呼んだ。相手はホセ・ローマン(プエルトリコ)。当時としては破格の「5億円興行」として全世界に中継された。東京スポーツは1面で詳細を報じている。
「ゴングが鳴るとフォアマンが中央に出た。いきなり右アッパーを繰り出す。長い腕を思い切り伸ばしてロングフック。青コーナーを背負ったローマンに恐怖の左フックが飛ぶ。ヘタヘタと座り込むローマン。ダウンだ。フォアマンが容赦なく獲物を追う。今度は左側のコーナーに逃げ込むローマン。フォアマンは右のハンマーパンチでローマンのアゴを打ち砕く。それでもローマンは立ち上がった。しかしフォアマンの100キロの全体重を乗せた非情な左右フックがローマンの白い顔面を打ち砕く。ローマンは頭からキャンバスにのめり込んで立てなかった。1ラウンド2分ジャスト、フォアマンのKO勝ちだ。たった2分の勝負。ローマンは自分のコーナーから4、5歩動いただけだった。5億円の『世紀のショー』はリングの半分も使わずに終わった。驚異の39連勝。戦い終わった黒い巨象フォアマンはいつもの『ジェントル・ジャイアント』に戻っていた」(抜粋)
圧巻の強さだった。その後、74年10月30日には“キンシャサの奇跡”でアリに8回KO負けを喫して41戦目で初敗北。伝説の引き立て役となってしまったが、当時の強さは群を抜いていた。アリへの挑戦権をかけた77年3月のジミー・ヤング戦に敗れると「神の啓示を聞いた」として引退し、牧師へ転向する。
しかし87年3月に38歳で10年ぶりに復帰。体形は20キロ以上増えて肥満しており周囲からは笑いものにされたが、24連勝を続けて91年4月に統一世界ヘビー級王者イベンダー・ホリフィールドに挑戦。判定0―3で敗れるも互角に打ち合い、復帰が「本物」であることを証明した。
そして94年11月5日にはWBA、IBF世界ヘビー級王者マイケル・モーラーに大逆転の10回KO勝ち。45歳9か月で20年越しの王座奪取という「世紀の番狂わせ」を起こし世界中を熱狂させた。ボクシング史上でも1、2を争う“奇跡”でもあり、あらゆる人間を勇気づけた。97年11月のシャノン・ブリッグス戦敗退が最後となったが、世界ヘビー級が「最強の称号」であった時代の象徴でもある希代の名選手だった。 (敬称略)













