J1湘南の山口智監督(46)と元日本代表FW武田修宏氏(57)による対談の後編は、2人の〝本音トーク〟。かつて一緒にプレーしていた千葉時代の思い出とともに、話題は世界的ストライカーの育成や日本代表にも及んだ。
【武田修宏氏×J1湘南・山口智監督 本音トーク(後編)】
武田氏(以下武田)自分が1998年にヴェルディ川崎から千葉(市原)に移籍した当時、どう思っていました?
山口監督(以下山口)スゲーなって。だってスターじゃないですか。一緒にプレーできる光栄さもあり、J1残留争いの中でベテランの偉大さに助けられましたしね。それに武田さんを見て「オレには華がない」って思ってましたよ。
武田 当時千葉は下部組織はしっかりしていて、広山(望)、阿部勇樹、佐藤兄弟(寿人、勇人)が出てきて…。山口監督も現役高校生でJデビューしましたよね。
山口 その時、自分が感じたのは劣等感。『お前、誰やねん』と思われているなって。自分はプロになりたかったんで必死でしたけど、自分が出ることで他の選手が試合に出られなくなる。そんな責任感を変に考えたこともありました。そういうことが指導者として強みになってます。
武田 山口監督は将来は五輪とか、日本代表の指揮官になると思ってるけど、今は湘南でどう?
山口 将来のことは分からないですが、注目してもらいたい。「湘南スタイル」という言葉があって、例えば「走る」という部分があるんですけど、それがどういうことなのかを今、僕がやらせてもらっているので。今どう変わっているのか。こんな選手がいるのかとか。注目してもらいたい。それが僕の願望です。
武田 現在のストライカーってどう思う? 日本に世界的な点取り屋って誕生するかな。
山口 特長が飛び抜けたストライカーっていうタイプは少ない。武田さんのような。考えたんですけど、サッカーの強度が上がってきた中での難しさだと思いますね。嗅覚でゴール前にいて、そこで決めるとか。そんな能力の選手も少ないし、求められていないですね。
武田 前からボールを追うハードワークと、強さもある選手が求められる。昔はゴールさえ決めれば良いって傾向で(アルゼンチン代表FWリオネル)メッシもそんな感じだし、FWは結果がすべてと思っているけどね。
山口 昔の選手の方がいやらしさやずる賢さとかの能力は高くて、くせ者でした。あれもダメ、これもダメではFWは育たない。最低限の規律を求める中、我が強い選手も容認できる指導も必要。そこは教えられないけど、生かし方とか。僕ら指導者の使命ですね。
武田 良いストライカーを育ててくれよ。センターバック出身の方が、逆にDFが嫌なFWを育成できるんじゃないかな。
山口 そこには関係性もありますね。2トップだけではないけど、周りの選手とつながりを持つこと。お互いの良さを引き出すことで良いストライカーが出てくるかも。
武田 名コンビと言われた釜本(邦茂)さんと杉山(隆)さんとか。高原(直泰)とゴン(中山雅史)、カズ(三浦知良)さんと自分とか。そういう選手、コンビを見いだしてほしい。ところで海外でプレーする選手が増え、代表にJリーガーは数人しかいない。
山口 Jリーガーから代表に選ばれないのは悔しくて。海外選手の質が高いのはもちろんですが、Jにも良い選手いるので。注目してもらうようにするのは指導者なんですよ。選手の良さであったり、そこを掘り下げられるかは指導者の仕事。Jリーグでも「代表に入ってやるぞ」という意欲を指導者が選手に促さないといけない。
武田「海外に行かないと代表になれない」と思わせないようにか。まずは指導者の待遇をよくしないとダメだよな。育成、スカウトを含め指導者の給料って安い。評価が低い。指導者にお金を使って良い選手が育つ環境をつくらないと、日本サッカーは良くならない。
山口 確かに。そういう部分もありますよね。
武田 最後に指導者の楽しみってあります?
山口 毎日楽しいですよ。グラウンドは生き物じゃないですか。その時に考えたこと以外にも、いろいろ起きるじゃないですか。それが楽しい。例えば問題が起きた時、どう改善し、対応するのか。それが好きというか刺激ですね。
☆やまぐち・さとし 1978年4月17日生まれ。高知県高岡郡出身。小学生でサッカーを始め中学卒業後に地元を離れて市原ユースに所属。96年3月にJリーグ初の現役高校生デビューを果たした。2001年にG大阪にレンタル移籍し、02年に完全移籍。06年にオシムジャパンで日本代表に初招集された。その後に千葉や京都でもプレーし、15年シーズンで現役を引退し、指導者に転身。G大阪のトップチームコーチを経て21年に湘南コーチ、同年9月、監督に就任した。178センチ、74キロ。














