2月28日に亡くなったプロレスラーで東京・文京区議会議員の西村修さん(享年53)の葬儀・告別式が8日、文京区の護国寺でしめやかに営まれた。
西村さんは2024年に体調不良を訴え、検査の結果食道がんが発覚。左側上半身全体に転移しており、ステージ4と診断された。リングに上がりながら闘病生活を続けていたが、出場が予定されていた1月の『ジャイアント馬場没25年追善大会』(東京・後楽園ホール)は欠場。2月28日の朝に容体が急変し帰らぬ人となった。
告別式にはプロレス界から藤波辰爾、武藤敬司、天山広吉、小島聡、永田裕志、矢野通、後藤洋央紀、SANADA、大岩陵平、渕正信、KENSO、征矢学、新崎人生、ブル中野らが出席。またプロボクシングWBC世界フライ級王者の寺地拳四朗も訪れ故人と別れを告げた。
葬儀委員長は西村さんが高校2年生のころから親交があった新日本プロレスの三澤威トレーナーが務めた。「昨日は新日本プロレスの後楽園大会があり、私はお通夜を終えてから行く予定でしたが、リングの鉄柱が壊れて中止になるハプニングがありました。こんなことは私がプロレス界に入ってから初めてです。きっと西村が、先に逝った吉江(豊)選手にいたずらさせて、壊れた鉄柱を見て『やりすぎだな…』と思いながらも『しょうがないですねえ』とすました顔でいるのを想像してニヤリとしてしまいました」と、いたずら好きだった西村さんを思い浮かべた。
「西村は予定調和を嫌い、その他大勢とつるむのを嫌い、こだわりがあって、常にわが道を行く男でした」と振り返った三澤トレーナーは「万が一もありえるとドクターに言われながら出動した、昨年夏の電流爆破デスマッチ。心配してセコンドに就く私に、西村は『三澤さんも一発くらい電流爆破浴びますか』と淡々と言っていました」とエピソードを披露。「西村や吉江と巡業を楽しんでいた時からかなりの年月がたち、私は今も新日本プロレスでトレーナーをして生きています。今は今で楽しんでいるけれど、やはり私にとっての青春の新日本プロレスは、西村修、吉江豊と過ごした日々です」と、天国へ旅立った2人に思いを馳せ、声を震わせた。
三澤トレーナーは「悲しみは言いません。この世界で西村に会えたことへの感謝のみ言います。どうか西村とご縁された皆さんも、西村を感謝とありがとうでこの世界から無事に旅立たせていただければと思います。ふと西村を思い出してさみしいなと思うことがあれば、西村の分身であるお子さんと家族のことを気にかけていただけたら幸いです。西村修、ありがとう、いってらっしゃい、また会おう」と最後のメッセージを送り、盟友を見送っていた。












