「小さな巨人」の異名を誇ったプロレスラーのグラン浜田(本名・浜田広秋)さんが74歳で亡くなったことが16日に分かった。

 浜田さんは1972年に旗揚げ前の新日本プロレスに入門し、3月16日に藤波辰巳(現・辰爾)戦でデビューした。身長167センチと小柄ながら柔道をバックボーンとした格闘センスを生かして活躍し、リングネームを本名の浜田広秋からリトル浜田へ変更。75年のメキシコ修業からグラン浜田を名乗った。

 トップ選手として活躍したメキシコから79年2月に凱旋帰国を果たすが、すでに現地に家族をもっていたため日本とメキシコを往復する生活を送った。浜田さん自身の活躍と、メキシコに来た日本人選手をサポートするなどの活動もあって両国の橋渡し役となり、ルチャリブレが輸入された功績は大きい。

 1984年4月には「ユニバーサルプロレス」(第1次UWF)に参加。86年にジャパン女子プロレスのコーチに就任すると現役を引退したが、大仁田厚との遺恨が発生したことで88年に復帰した。

 90年3月にはユニバーサル・プロレスリングの旗揚げに参加。92年にザ・グレート・サスケがみちのくプロレスを旗揚げした際は浜田さんだけがユニバーサル・プロレスに残ったが同団体は自然消滅し、新日本参戦を経た95年にみちのくプロレスに入団した。2000年代以降はフリーとして日本・メキシコの数々の団体に参戦し活躍していた。

 娘のソチ浜田、浜田文子も女子プロレスラーとして活躍した。文子は昨年11月からSNSを通じて浜田さんの体調不良を公表していた。

 みちのくプロレスは16日、団体公式Xで浜田さんの死去を発表。「グラン浜田さんがお亡くなりになりました。ユニバーサル、みちのく時代は一緒にツアーをまわり、メキシコでもお世話になりました。まだ信じられません。ルチャリブレを日本に広めた功績は大きいです。小さな巨人グラン浜田よ、永遠に。心よりご冥福をお祈りいたします」と追悼した。