【赤ペン! 赤坂英一】巨人・坂本勇人はあくまでも“生涯一遊撃手”を貫くつもりなのか。
6月23日の広島戦で右太もも裏を肉離れして登録抹消。4日から早くもマシン打撃を再開したが、ランニングは軽いジョグにとどめている。定位置ショートで万全の動きができるようじっくり取り組むつもりらしい。
坂本の離脱以降、ショートには新人・門脇や3年目の中山が起用されている。彼らの若さは魅力だが、遊撃手で史上最高の2000試合出場、2016年のリーグ遊撃手初の首位打者獲得など、数々の勲章を持つ坂本とは比べ物にならない。
だが、だからといって坂本の復帰を待ち、門脇や中山をまた控えに戻したりしていたら、次代の遊撃手はいつまでも育たないだろう。そこで思い出されるのが、遊撃手の先輩、坂本を上回る6年連続ゴールデン・グラブ賞を受賞した川相(現総合コーチ)の引き際だ。
遊撃手の即戦力として二岡(現二軍監督)が逆指名で入団した1999年、川相はレギュラー10年目でショートの定位置を追われた。試合終盤、守備固めで使われるのも守り慣れたショートではなくサードがほとんど。
内心、かなりの葛藤があっただろう。が、この年9月、川相は首位争いの中日戦で自らレフトも守った。主力の高橋が右鎖骨骨折で欠場し、外野に穴があいたためだ。
「(高橋がケガをした)昨夜から、僕がレフトに入るだろうと予想はしていましたよ。相手の先発は左の野口ですからね」
寂しさを感じはしなかったのかと聞いた私に、川相はこう答えている。
「寂しさを感じてる余裕はない。この試合に勝たなきゃいかんのやから」
そんな川相の同時代のライバル、ヤクルト池山(現二軍監督)も、世代交代により定位置を明け渡した。全盛期は遊撃手部門で5度ベストナインに輝きながら、97年から台頭してきた宮本にショートを明け渡し、サードへコンバート。さらには99年、就任1年目の若松監督に代打要員に回ってほしいと要請された。
若松はこの時、20歳で伸び盛りの岩村を抜てきしたかった。一方、池山は現在の坂本と同じ30代半ばで、「ブンブン丸」と異名を取った打撃力はまだ健在。「難しい決断だったが、僕は若い岩村に賭けたかった」と若松は言った。おかげで岩村はメジャーで活躍するほどの選手になったのだ。
巨人のショートはあくまで坂本か、それとも若い力に託すのか。原監督の決断は巨人の未来を大きく左右しそうである。












