2015年11月に引退したミスタープロレスこと天龍源一郎(73)が、約10か月の入院生活を終えて22日に退院した。天龍は昨年9月に「突然死のリスクが高い」とされる「環軸椎亜脱臼に伴う脊髄症・脊柱管狭窄症」のため入院。2月には腎臓から来る敗血症性ショックで緊急手術を行うなど過酷な闘病生活を続けていた。入院中に「死」すら意識したという天龍はもう一度、リングに上がりファンに「生還報告」をした上で、プロレスラーとしての生きざまを貫く決意を明かした。
――10か月ぶりに退院。本当に安心しました
天龍 フン。うるさいガンコ親父がいなくなってあぐらかいてたんだろう。この百枚舌ヤロー。
――……
天龍 しかしようやくシャバに出てこれた。本当に長かったね。若い時期のアメリカ修行より長くて苦労が多かった。自分ではどこが悪いんだか分からないんだけど、次から次へと看護師さんから心臓も血圧もあちこちが悪いと聞かされて…。敗血症性ショックで腎臓関連の手術をした時も、転院して集中治療室に入ったことも、記憶がない。後から状況を聞かされて「ああ、そうだったのか」と分かったんだよ。
――2月のインタビューで「完全復活」宣言した直後、腎臓関連の手術を受けたので驚いた
天龍 その時は全然思わなかったけど、今こうやって退院すると「死」に至るほどの事態だったのかと実感するよ。いつもは元気いっぱいの娘(嶋田紋奈・天龍プロジェクト代表)が、がっくり肩を落として帰る背中を見た記憶しかない。よほど悪かったんだろうな。
――くしくも24日は昨年亡くなった最愛の夫人・まき代さん(享年65)の一周忌
天龍 そうだね。病室には女房の写真を置いて「何やってんの、あんた。頑張んなきゃ!」と毎日励まされているような気がして、踏ん張れた。自宅で女房の一周忌を迎えることができるのは感無量だし、ひょっとしたら女房が退院させてくれたのかもしれないね。
――最大の懸念だった首の状態は
天龍 2月に(固定器具の)ハローベストを外した時は、可動範囲が20度ほどだったけど、今は40度ほどまで動くようになった。ただ後方にはまだ動かないから、街でかわいいお姉ちゃんを見ても振り返られないけどな。退院前日も午前中1時間、午後1時間のリハビリをやった。30メートルのトラックを2周したり…。まあ退院したし、じっくり回復に取り組みますよ。あと落ち着いたらやりたいことがあるんだ。
――何でしょうか
天龍 ジムでベンチプレスをやりたいんだよ。今の俺がやったら絶対に周りの人は驚くだろ。まあ一種の周囲に対する威嚇行為(?)ではあるが、筋肉をつけて「令和のマサ斎藤」と呼ばれたら本望だよ。
――待っているファンは多い
天龍 入院中、多くの選手やファンが団体を支えてくれて、6月には代表が俺の一番愛着のあるUN(ヘビー級王座=84年2月に初戴冠)のタッグ王座を新設してくれた。早く会場に行ってリング上から「エイエイオー!」と叫びたいし、みんなに深く感謝したい。解説もトークショーも対談連載も再開したい。心から楽しみですよ。
――今後は
天龍 長生きするのは決して楽じゃない。でも(故アントニオ)猪木さんが最後まで自分の生きざまをさらけ出して亡くなったじゃない。俺は感動したんだよね。これからの天龍源一郎はカッコなんてつけない。どんな姿になっても、ありのままをさらして生きていきたい。それが「プロレス大賞」でMVPやベストバウトを何度も獲得したプロレスラーの意地であり責任だから。プロレスラーの生きざまを最後まで貫きますので、今後も応援よろしくお願いします。












