【多事蹴論(69)】 日本代表のジーコ監督はなぜ審判にユニホームを投げつけたのか――。2006ドイツW杯出場を目指していたジーコジャパンは04年4月25日に国際親善試合ハンガリー戦(ザラエゲルセグ)に臨み、0―2のビハインドからFW玉田圭司、FW久保竜彦のゴールで追い付くもハンガリー寄りの不可解な判定に苦しんでいると、迎えた後半終了間際にDF茶野孝行がエリア内で相手と接触し、PKを献上。2―3で格下国に敗れた。
その試合後、ジーコ監督は玉田が相手選手と交換をしたユニホームを奪うと、そのまま審判団に向けて歩み寄り、ハンガリー代表のウエアを投げつけた。ぼうぜんとするレフェリーとジーコ監督の怒りに満ちた表情が印象的だったが、明らかな侮辱行為。マッチコミッショナーのリポート次第ながら国際サッカー連盟(FIFA)の懲罰委員会で処分される可能性も指摘されていた。
現役時代に「サッカーの神様」と呼ばれたジーコ監督はブラジル代表として71試合46得点をマーク。イタリア1部ウディネーゼでもプレーしていたように豊富な国際経験があり、自身の行動がどんな悪影響を及ぼすかは理解していたはず。それでもイライラを隠さず暴挙に出たわけだが、ジーコ監督はそれほど崖っ縁に追い込まれていた。
すでにドイツW杯アジア1次予選が始まるもジーコジャパンは格下相手にふがいない戦いで低空飛行が続いていた。そんな中、同年2月には一部ファンが「ジーコ監督の解任を求める会」を立ち上げ、指揮官交代を求めるデモを実施。東京・新宿区の国立競技場から日本サッカー協会のある文京区まで約7キロを行進。協会関係者に解任を求める要望書を手渡した。
世界的に見ても、あまり前例のない行動とあって「解任デモ」は世界中のメディアで大きく報じられた。さすがのジーコ監督も「屈辱的な行動だ」と憤慨したが、組織的な戦いができず評価も急落。しかも5月には再び「解任を求める集会」が行われることが決定する中、不可解なジャッジによる敗戦。ジーコ監督は「記録には“負けた”としか書かれないんだ」と言い放った。
そして迎えた4月28日の国際親善試合チェコ戦(プラハ)。試合前に上気した表情のスタッフは「ジーコ監督の演説で選手たちのモチベーションが高まった。一気に室温が2、3度くらい上がった」という。しかも欧州王者を相手に1―0で勝利。欧州メディアも「衝撃」としてジーコジャパンの大金星を伝えるなど評価は急上昇。この結果を受けてか「集会」も急きょ、中止となった。
ジーコ監督のユニホーム投げつけ事件はうやむやとなったが、イレブンは発奮し、ここから12戦負けなし(2分け)で8月のアジアカップ(中国)制覇につなげた。 (敬称略)












