【元局アナ青池奈津子のメジャーオフ通信】ある春の日の記者席での出来事。
「あっ、ジョー・トーレだ!」
誰かの声に顔を向けると、そこには特大ポップコーン袋と顔の大きさはあるプレッツェルを3つほど、腕いっぱい抱えた一見普通のおじいさんがいた。予想外すぎて大笑いしてしまったが、本当にジョーだった。
「これぞリタイアメント」と、やたらおいしそうにプレッツェルを頬張っていたが、ひっきりなしに記者たちはあいさつに来るし、引退と言いながら今年のルール改正(特にピッチクロック)について、大リーグ機構のアドバイザーとして各球団を飛び回っているというから、17年前のヤンキース監督時代に初めて会った時と比べたら、年を取った感じは否めないが、82歳のジョーはまだまだ元気そうだ。
「君も元気そうじゃないか。君も野球の血が通っている一人なんだね」
この前にジョーに会ったのは、2017年WBC中、セミファイナルの前日だった。当時チームUSAのGMを務めていて、米国代表が2大会ぶりに上位4位入りしたことを手放しに喜んでいた。
「すごくいい気分だよ! プレーオフと変わらない感覚。いろんな試練を勝ち進んできたから、まるでワールドシリーズに進んだ気分。もちろんワールドシリーズで勝ちたいし、勝たなきゃならないと思うけど、そこにたどりついただけでも偉業だ。野球人としては4チームすべてを祝福したいね」
「米国代表GMでなく、ただ野球ファンとして見たらどの国が優勝しそうか?」と聞いたら笑われて「それは答えられない。GMだから米国を応援している。でもとにかくいい野球が見たいよね。チームが負けるのを見るより、チームが勝つのが見たい。つまり、何かのエラーでチームが負けてしまうのではなく、どちらかのチームがわずかな差でいい野球をしたから勝つ、そんな野球が見たい」
あれから6年。
ジョーはWBCについて「本音を言うとさ、私は野球人生ずっと『勝たなきゃ』という気持ちを抱えてやってきて、引退して初めて何も心配せず夜眠りにつけるようになった。初めてただ野球を楽しめるようになったんだ。だから特別応援しているチームはない。野球をする人々を応援しているけどね。特にWBCは熱い気持ちを持った選手たちが多い。だからいい野球を見にマイアミの決勝戦は行くつもりだよ」
独特の間合いは健在で、おそらくあの秘めたまなざしも変わっていないのだろうが(この時はサングラスで見えなかった)、悟りと優しさを感じずにはいられない会話だった。エンゼルス記者席から出られる屋上でオープン戦を眺めながら、というのんびりした環境で話せたのも初めてだった。
そのジョーが17年と23年、どちらも一貫して変わらなかったコメントがある。
「日本と米国の対戦はいつだって楽しいよね。私は選手時代から何度も日本に行ったけど、日本には野球に対する多大なるリスペクトがある。私にとってリスペクトはとても大きい。日本の野球は何度見ても見飽きないブランド力がある」
その日本の野球を見せに、侍ジャパンはマイアミに来ている。
「日本の野球選手は大リーグに大きなインパクトを与えてきたね。私はムラカミ(村上雅則氏)が初めてメジャーリーガーになったのを見ていたよ。あれから、ただメジャーリーガーになるだけでなく、たくさんのスターが誕生してきた」
世界大会だからこそ生まれる野球ドラマ。ジャーナリストとしては中立を保つべきなのだろうが、期待で高鳴る気持ちが抑えられない。そんな準決勝の前夜を過ごしている。
☆ジョー・トーレ 1940年7月18日生まれ。82歳。米国ニューヨーク州出身。現役時代は右投げ右打ちの捕手として、ブレーブス、カージナルス、メッツでプレー。現役18年の通算成績は打率2割9分7厘、252本塁打、1185打点、2342安打。77年メッツ監督に選手兼任で就任。以降、ブレーブス、カージナルス、ヤンキース、ドジャースで指揮を執り「名将」の名をほしいままにした。ワールドシリーズ制覇は4度。監督通算2326勝はMLB歴代5位。監督退任後はMLB機構副会長、WBC米国代表監督、WBC米国代表GMなどを歴任した。2014年に野球殿堂入りし、ヤンキース在籍時の背番号「6」は永久欠番となった。











