【取材の裏側 現場ノート】今季限りでの引退を発表したサッカー元日本代表・中村俊輔(44=横浜FC)の存在の大きさに、個人的な話で恐縮だが感謝した出来事がある。
2002年秋、イタリア・レジーナに移籍した中村の取材で、記者もレッジョ・カラブリアに滞在した。のどかで治安の良い都市と思いきや、イタリア在住の通信員さんにクギを刺された。それは「普通の会話でも冗談でも『マフィア』という言葉は口に出してはダメです」。ブーツのつま先にある同都市は映画「ゴッドファーザー」でもおなじみマフィア発祥の地・シチリアと目と鼻の先。よそ者には見えない緊張が確かにあるようだった。そして「貴重品は絶対に手放さないこと。日本のように戻っては来ない」とも注意された。
ある日、空港にあるアリタリア航空のカウンターで数日後に乗る航空券を買った。当時はまだネットで買うことなどできなかったのだ。その後、カメラマンのO先輩と車で移動しピザをほおばり、カバンの中から貴重品を取り出そうとしたときだ。
「あーーーーー」。ない。パスポートがない。財布もない。顔面蒼白だ。通信員さんから聞いた話が頭をよぎった。しかも、最後に触ったのは不特定多数の人が出入りする空港。もう、飛行機やら船に乗せられどこかに送られているに違いない…。
嫌な予感しかなかったが、ダメ元で最後にパスポートを触った空港のカウンターへと急いだ。すると「シニョーラ!」と眉間にしわを寄せた職員が声をかけてきた。「君、ナカムーラのきょうだいだろ? 預かっていたよ。だめじゃないか、貴重品はしっかりと持っていないと。来なかったらレジーナに送ろうと思っていたんだよ」と叱りながら、私のパスポートなどを持ってきてくれた。
そう、私の姓はナカムラ。幸運にも、レッジョ・カラブリアで知らぬ人はいない中村俊輔と同じ苗字だった。日本人がめずらしい街で、ナカムラが2人いたら親族と思うのはおかしな事ではない。私があと数時間気が付かなくても、職員のおじさんは、〝ナカムーラのきょうだい〟のために、レジーナに届けようともしてくれた。なんという〝VIP〟扱いだ。
パスポートがなければ、出張は台無し。心身ともにダメージは大きかった。この時ほど「ナカムラでよかった」と思ったことはない。この話はご本人にも伝えたと思うが、あらためまして中村選手、ありがとうございました。今後もナカムラの端くれとして、ご活躍を応援しております。
(スポーツ担当 中村亜希子)








