最高裁が、2016年に東京・文京区の自宅で妻を殺害したとして殺人罪に問われた元講談社社員、朴鐘顕被告(46)の上告審弁論を今秋開くことを決定した。最高裁が弁論を開くのは異例で、懲役11年とした二審判決を見直す可能性が浮上。警察・検察の捜査、一審・二審の判決はどこがおかしかったのか。この裁判を追及してきた月刊誌「創」の篠田博之編集長が分析した。

 事件は2016年8月に発生し、妻の佳菜子さん(当時38)は死亡。17年1月に逮捕された朴被告はこれまで一貫して「妻は育児に悩んで自殺した」と無罪を主張してきた。だが、一審・二審とも判決は自殺の可能性を否定し、朴被告による殺害を認定、懲役11年の実刑判決となっていた。

 二審判決以降、この裁判の問題を4回にわたり誌面で追及した「創」の篠田氏は、朴被告の親族、友人らが結成した支援する会などの取材を通して、検察、裁判所の判断の不可解さを感じたという。

「ボタンのかけ違いは事件直後、警察が自宅に来た時に朴さんが『階段から落ちたことにしてほしい』と言ったことから始まっている」と指摘。

 朴被告は「母親が自殺したということを子供たちに知られたくなかったから」と言うが、説明が変遷したことに捜査官は不審の念を抱いたらしい。

 捜査側は朴被告が実は妻を殺害し、自殺に見せかけたのではないかと疑い、寝室の布団に妻の尿斑があったことから「朴被告が寝室で首を絞めて殺害し、その後、階段から転落させた」と考えた。だが、朴被告の主張は全く違う。

 当時、一番下の次男は生後10か月。4人の子育てをほぼ一人でこなしていた妻は「産後うつ」の状態で「夏休みが長い。息切れ状態」などと朴被告にメールで伝えるほどだった。事件当日は帰宅すると妻が包丁を持ち「お前が死ぬか、私が死ぬか選んで」と朴被告に迫り、もみ合いになった後、妻が「次男を殺して私死ぬ」と次男が眠る寝室に行った。それを止めようと、朴被告は妻を押さえ込み、妻は気絶したような状態になった(ここで失禁したと思われる)が、その後、再び妻が包丁を手にしたので、朴被告は次男を抱き、子供部屋に入って避難した。

「子供部屋のドアには妻が包丁を突き立てた跡が12か所あり、扉が証拠品として押収されたが、裁判所はこの証拠を無視した」(篠田氏)

 他にも、階段から転落した際についた妻の額の傷と血痕をめぐる判断も謎だ。その傷を負った時に妻が既に脳死状態だったのか否かが問題になったが、二審判決は、検察側が出した遺体の写真を基に、出血の跡が残っていないとして自殺説を否定した。しかし、弁護側は最高裁に提出した上告趣意書で、新たに遺体の鮮明な写真を提出し、転落時に妻は生きていたことを示す「出血の痕を見落としている」と訴えた。

 篠田氏は「被告に有利な証拠を無視して、検察の推論にただ乗っかる判決でいいのか。確たる殺人の証拠がない状況では“疑わしきは罰せず”とすべきではないか」と問題視してきた。友人らによる支援する会のほか、NHK「クローズアップ現代」や「週刊朝日」も二審判決を疑問視する報道をし、事件の詳細が広く知られたことも最高裁を動かしたようだ。

 最高裁は10月27日に検察、弁護側双方から意見を聞く上告審弁論を開き、その後、最高裁としての判断をする。

 篠田氏は「二審へ差し戻しとなるか、または最高裁が自ら無罪判決を言い渡す可能性もある」とみている。