【山本美憂もう一息!(20)】弟のノリ(徳郁さん)も出場を目指したように、五輪は私たちきょうだいの夢。2011年、私は翌年のロンドン五輪出場を目指すことを決めました。最後に試合に出たのは04年2月。ずいぶんとマットから遠ざかっていましたが、同じく五輪出場を狙う妹・聖子の練習パートナーを務めていると、やはり試合に出たい気持ちが湧き起こってきました。
ただ、五輪時には38歳になっていることに対し「また復帰するのか」「まだやるのか」といった周囲の声が耳に入ってきていました。父(郁榮氏)は「やりたいと思ったらやればいい。周りを気にしなくていい」と言うのですが、さすがの私もめいるように。また、私生活では3度目の離婚を経験したことで、環境面でも心機一転を図りたい気持ちがありました。そこで、頭に浮かんだのがカナダです。信頼する友人がいて、話を聞いてみると、子育てをしながらいい練習ができそうだと感じました。長男のアーセンはハンガリーにいたので、当時4歳の次男アーノンと2歳の長女ミーアを連れて、異国での生活が始まりました。
確かにカナダは子育てにはうってつけの環境だなと思いました。生活したトロントは税金こそ高いですが、医療費は無料。治安もいいし、食事面でも健康志向がすごく進んでいるんです。何よりいろんな人種がいて、多文化。「外国人」という概念がないほど多様な人が暮らしていて疎外感は全く感じませんでした。
世界は広い。さまざまな人種、文化の中で子供を育てることを望んでいたので、最適の場だったと思います。子供が通った幼稚園も小学校でもいろいろなお友達ができました。白人はもちろん、中国系、インド系、南米系、アフリカ系…。子供たちは今も第一言語は英語です。生活面でも、文化面でも、柔軟に取り入れる姿勢を持ってほしいと願っています。「これはこうだ」と凝り固まって考えてほしくない。どんな相手に対しても平等に接する人になってほしいと思っています。
もう一つ、カナダが居心地が良いと感じたのは、年齢についても誰も何も言わないことです。気にしないし聞かない。「年齢はただの数だよ」といつも言われていました。コーチは私にも容赦なく若い選手と同じ練習メニューを組むし、むしろ「美憂が引っ張っていけっ!」と先頭を行くように命じられるんです。おかげで練習に集中することができました。
11年の全日本女子オープンで優勝し、ロンドン五輪予選を兼ねた全日本選手権に出場することができましたが、2回戦で敗退。ロンドン五輪出場はなりませんでした。自分の気持ちに正直に生きてきた私は、4年後にもアクションを起こすのです。
☆やまもと・みゆう 1974年8月4日生まれ。神奈川県出身。72年ミュンヘン五輪代表の父・郁榮氏の影響で小2からレスリングを始める。87年に中1で女子初の全日本選手権を制覇(44キロ級)し、47キロ級も含め5連覇。同選手権では計8度の優勝を誇る。91年、年齢制限のある世界選手権に特例で出場し史上最年少の17歳で優勝。94、95年も世界を制した。2016年にMMAに転向し「RIZIN」で女子格闘技をけん引。3人の子を持つ母。156センチ。












