【山本美憂もう一息!(26)】2017年夏、総合格闘技(MMA)初勝利を挙げ、沖縄にいるコーチで弟のノリ(徳郁さん)にトロフィーを渡すことができました。胃がんと闘いながら私や長男のアーセンの指導もしてくれたノリ。沖縄の優しい方たちに助けられながら、とても幸せな時間を過ごしました。2家族が一緒に暮らし、暗黙の了解でノリの家族とも一緒にいられる。頼られる存在になれたのはうれしかった。しかしノリの体から病魔が消えてなくなることはありませんでした。
ノリはどんどん痩せていきました。多分、お医者さんたちは、ある段階から手遅れだと感じていたと思うんです。でもノリも私たちも信じていませんでした。どんなにガリガリになっても、大変な時も、ここから元気になる。いつもその方法を2人で話し合っていました。そしてノリの信頼する親友メルカ・マニブッセン(SPIKE22主宰)のいるグアムへ渡る道を選びました。グアムなら大好きなメルカがいるし、ノリが希望する化学療法と自然療法の両方を並行してできる。18年夏、沖縄からグアムへ2家族で移住しました。
グアムに到着後は生活拠点を整えたり、歩けなくなっていたノリを病院まで送迎していたので自分の練習ができていませんでした。7月末にはRIZINの試合が控えている。私が日本に戻ればノリや家族に大きな負担がかかることになる。「試合、キャンセルするね」と弟に伝えました。ノリは最初「本当? ありがとう」とホッとしたように言いました。でも、その夜「いや美憂、この試合絶対出た方がいい。勝ちグセつけてほしいから」と言い出しました。驚きましたが「少しでも元気になってもらえるのなら」と出場を決断。メルカのいるSPIKE22で練習を開始しました。
石岡沙織選手に判定勝ちを収め、控室に戻るとすぐにアーセンと一緒にグアムへ電話をかけました。ノリは泣いていました。試合を一緒に見ていたメルカに聞くと、号泣だったようです。早くノリに会いたかった。グアムにすぐに帰りました。
この勝利の後、ノリに変化が表れました。ほぼ寝たきりだったのに歩いてジムに行ったり、散歩をしたり、元気になってきたのです。単にグアムの環境や食べ物が理由だったのかもしれません。でも私は自分の試合があり、勝つことでパワーを少しでも与えられたのではないかと思いました。試合後すぐマネジャーさんに「次の試合も出たいです」と依頼。RIZINと交渉してくれ、2か月後の9月30日に、アンディ・ウィン戦を組んでもらいました。
ノリに次も勝利を届けたい。しかしその願いはかないませんでした。
☆やまもと・みゆう 1974年8月4日生まれ。神奈川県出身。72年ミュンヘン五輪代表の父・郁榮氏の影響で小2からレスリングを始める。87年に中1で女子初の全日本選手権を制覇(44キロ級)し、47キロ級も含め5連覇。同選手権では計8度の優勝を誇る。91年、年齢制限のある世界選手権に特例で出場し史上最年少の17歳で優勝。94、95年も世界を制した。2016年にMMAに転向し「RIZIN」で女子格闘技をけん引。3人の子を持つ母。156センチ。












