70歳で死去したことが明らかになったプロ野球の元投手・監督の星野仙一さんは、現役引退後にスポーツキャスターとしても活躍。現在では珍しくない“アスリートキャスター”の先駆者と言える存在だった。
星野さんは引退翌年の1983年にNHKのプロ野球解説者に就任。85年には4月にスタートした「サンデースポーツスペシャル」(現・サンデースポーツ)の初代キャスターを務めた。
「燃える男」と称され、現役時代の武闘派イメージから世間的にはコワモテの印象もあった星野さん。同番組では一転、笑顔を絶やさずソフトなムードを醸し出し、知名度と好感度が飛躍的に高まった。以来、国政選挙のたびに出馬が注目されるなど、球界の枠を超えた人気者になった。
スポーツ選手のメディア露出が現在ほどなかった時代。81年から現場を離れた長嶋茂雄・巨人軍終身名誉監督(81)も五輪をはじめ数々のスポーツ現場でリポートなどを行ったが、本格的にキャスター業に進出したのは星野さんがさきがけ格だった。
その後、ラグビーで新日鉄釜石を日本選手権7連覇に導いた元日本代表の松尾雄治氏(63)や、バレーボール元全日本のスター選手だった川合俊一氏(54)らが民放でスポーツ番組のキャスターを務めるようになった。星野さんは中日の監督就任に伴い87年1月に番組を離れたが、以降も山本浩二氏や山田久志氏、現楽天監督の梨田昌孝氏ら球界OBがキャスターを務めた。現日本ハム監督の栗山英樹氏も民放でのキャスター歴がある。
NHKのウェブサイトによると、星野さんはキャスター就任当時に「どんな試合であれ、僕の放送聞けば本音がわかると言っておきましょう」とプロ意識をのぞかせていた。本音や鋭い指摘、それでいて人情味あふれるキャスターぶりが評判だったと紹介されている。93~95年に再びNHK解説者を務め、2005~07年にはTBSが放送する男子プロゴルフのメジャー大会・マスターズのスペシャルナビゲーターとして米国へ足を運んだ。15年には「サンデースポーツ」の4月キャスターに。長嶋氏と王貞治・ソフトバンク球団会長(77)に呼びかけた対談を実現させ、「ON対談」と話題を呼んだ。












