〝夏冬二刀流〟をやり遂げた。昨夏の東京パラリンピック陸上女子100メートル(T54)で6位入賞を果たした村岡桃佳(25=トヨタ自動車)は、3月の北京パラリンピック女子アルペンスキーで3冠を達成。通算4個の金メダルは、冬季大会で日本勢単独最多の快挙だ。2019年に始めた陸上に終止符を打ち、スキー一本の生活を再開したのは大会の半年前。見事に挑戦を乗り越えたヒロインが本紙インタビューで成功の要因を明かした。
――東京大会から半年後に北京大会を迎えた
村岡 不安は大きかったです。前回の平昌大会で5個のメダル(金1、銀2、銅2)を獲得したことで、周りからのプレッシャーも感じていました。今回日本選手団の主将を務めましたが、1月の中旬に右ヒジの靭帯をケガしたので「大丈夫かな」という不安がありましたし、人前に立つのが得意なタイプでないので「どうしよう」という気持ちも正直ありました。それでも、私なりに頑張りたいと思ったので(主将を)受諾しました。
――どうやって重圧を乗り越え、好結果につなげたのか
村岡 初日のダウンヒル(滑降)のレースは数年ぶりかつ難易度の高いコースだったので、トレーニングランで転倒してしまいました。想定外の事態でしたが、ダウンヒルは唯一トレーニングランが(レース前に)3日間あったこともあり、ブラッシュアップしながらギアを上げていくことができた。メダル獲得につながったので、勢いがついたと思います。
――楽しく滑っている姿が印象的だった
村岡 難しいコースの中でもさらに「ここが大変だよね」というポイントがあったのですが、他の選手たちの滑りを見た時に「私が一番いい滑りをできている」と自信を持てました。そのポイントだけでもいいから「誰よりも速く滑りたい、攻略をしたい」という気持ちだったので、難しいコースを滑るのは楽しかったですね。
――陸上との二刀流がプラスに働いた
村岡 フィジカル的な面も大きかったと思いますが、大会期間中にヘッドコーチから「陸上を始めてから本当にメンタル的な部分が桃佳はすごく変わったよね」と言ってもらえたことはうれしかったですね。大回転の1本目は1秒差をつけられての2位。今までなら「どうしよう」となっていましたが「本来の滑りをしたらすぐにひっくり返せる」と自信を持って言えましたし、本心でそう思えました。もともと私は新しい環境に飛び込んでいくことがあまり得意ではなかったですが、陸上を始める上でその一歩を踏み出せたことがすごく大きかったです。
――コロナ禍やロシアによるウクライナ侵攻など、厳しい中での大会だった
村岡 今回の北京大会では競技以外のところでも気を張って生活をしないといけない部分があったので、どの選手、スタッフにも負担が大きかったと思います。私自身、今でも気持ちや意見がまとまらず、すごく複雑な気持ちがあります。今はただ、みんなが笑って暮らせる平和な世の中が一日でも早く戻ってきてほしいと願うばかりです。
――今後の予定や目標は
村岡 とりあえず、何も考えなくていい時間が1週間はほしいです(笑い)。競技に取り組んでいると、どうしてもいい結果を目指したいという気持ちになりがちですが、今回の北京大会では自分のベストを尽くすということだけを考えた結果、メダルがついてきました。なので、4年後もベストを尽くした滑りができるような気持ちでいたい。ちょっと休んだら、それに向けて始動すると思います。
☆むらおか・ももか 1997年3月3日生まれ。埼玉県出身。4歳の時に横断性脊髄炎を発症。車いす生活となったが、小学3年時にチェアスキーと出合う。中学2年から本格的にスキーを始めると、2014年ソチ大会に出場。18年平昌大会では、金メダルを含む5つのメダルを獲得し、紫綬褒章を受賞した。19年5月からは陸上との二刀流に挑戦。昨夏の東京大会陸上女子100メートル(T54)で6位入賞を果たした。3月の北京大会では日本選手団の主将を務め、金3個、銀1個のメダルを手にした。












